13章
十三章
(良かったよ、ケイトがそういうタイプの猫で)
いつの間にか目の前のテーブルに座ってこっちを見ていたエリックが、最近少しだけスリムになった茶トラ模様の体を起こしながらそう言った。
(そういうタイプの猫?)
何のことだか分からない私にエリックはこう言った。
(猫には何種類もの、目に見えない世界の属性があってね。ほら、この前の占いのお客さんをカーティスが引き寄せただろ?あれは、テレパシー系猫の特殊能力。僕やケイトみたいに相手の心の中に入って傷を癒やすのはヒーリング系。あと、僕も知らなかったけど、画家の女の人のやる気を引き出したサリナは、実はインスピレーション系だったんだね。他の猫達にも多分色んな特技があると思うけど、今ここにいる猫の中でそれに気づいてたのは、僕とカーティスだけだったんだ)
大きく伸びをしてからエリックはテーブルから飛び降りて、マスターの足下に擦り寄った。マスターが椅子に座るとエリックはマスターの膝に乗り、そこから更に肩に移動した。
(マスターの肩は乗り心地が良いんだ。それに、ここでこうしているとマスターの心の傷がどの程度回復しているかもよく分かるからね)
(マスターの心の傷って、…マリエちゃんの…?)
(そうそう。僕達直接は会ったことないけど、マスターの心の中には4歳のマリエちゃんがずっといてね。僕は時々マスターの心の中に入って、さっきケイトがやってたみたいにマリエちゃんと遊んであげるの。そうすると、ちょっとずつ、マスターが元気になるんだ。歴代のヒーリング系猫達も、多分そうしてたと思うよ。だって、マリエちゃん、色んな猫の名前知ってるもん)
(そうなの)
エリックの話、ちょっとだけ驚いたけど、ああ、やっぱりって納得した部分もある。なぜって、前のおばあさんの家にいた時、私よく兵隊さんの夢を見てたもの。知らない若い女の人に抱っこされていたら、いつもその兵隊さんが現れて、二人で私を可愛がってくれるっていう夢。今気付いたんだけど、あの女の人はおばあさんの若い頃の姿で、あの兵隊さんは、きっとおばあさんの忘れられない人だったんだわ。
(ケイトは今まで知らずにその能力を使ってたんだね。ヒーリングは、人の役に立つ猫の大事な仕事なんだけど、いかんせん、これってお腹が空くんだよね)
エリックと私が食い気命なのはそのせいなの?
(マスターはマリエちゃんが突然亡くなって、しばらく外に出られなくなっちゃったらしいんだ。仕事を休んで家の中でずーっと音楽を聴いていたら、ある時、マスターの心にものすごく響く音楽があって、マスターはそんなに英語が得意じゃないから歌詞の意味が充分理解できたわけじゃないんだけど、涙が止まらなくなっちゃったんだって。で、その曲を作ったミュージシャンのことを色々調べてみたら、その人もマスターと同じように子どもを突然亡くした経験があって、マスターを号泣させたその曲は、その子へのメッセージソングだったんだって)
(エリック、随分詳しいのね)
(うん、これ先住のヒーリング猫からの引き継ぎなの)
すごい、このヒト、ちゃんと仕事してたんだ。
(マスターは、雄の猫にはよく僕の名前を付けるんだ。僕は3代目のエリック。ヒーリング系のエリックは、僕が初めてらしいけど)
(へぇ?随分その名前が好きなのね。どうして?)
(エリックっていうのが、そのミュージシャンの名前なんだよ)
「エリック、お前重いんだよ」
マスターが立ち上がろうとしたので、エリックは素早く床に飛び降りた。
「あら、でも、この子最近少し痩せてきたのよ。キャットフードも少し残すし。どうしたのかしら?」
「確かに…、言われてみればちょっと痩せたな。こいつが餌を残すなんて、おかしいよな。一度病院に連れて行ってみるか」
(わっ、わっ。すごいや、すごいや!ホントにケイトの言ってた通りになってきたよ)
ママとマスターの会話から、思惑通りに事が運んでいることにエリックは目を輝かせた。
(良かったわね、エリック。後もう一歩よ)
きっと今度の定休日に、エリックは駅前の動物病院に連れて行かれるだろう。そして私の言ってた通りになったと、きっとまた驚きながら喜ぶだろう。でも、その前に検査のために注射器で血を少し採られるんだけど…それは、このヒトには黙っておいた方が良さそうね。
(これからは、ママのケアはケイトにお願いするね。始めはマスターの方が落ち込みが激しかったから、歴代のヒーリング猫は皆マスターの方を重点的にケアしてきたんだ。だけど、ママの悲しみは静かで深い。僕だけの力で二人を癒やすのは難しいと思ってた所だから、ホントに助かったよ)
(そんなこと言われても、私は何すれば良いの?たまたまさっきはママの心の中に入れたけど、自分にそんな特殊能力があるなんて今まで知らなかったし、まだ自分で意識して人の心の中に入る方法も分からないし…)
さすがの私にも、何だかこれは荷が重いわ。
(それは、いずれ感覚的に分かってくるよ。それに、さっきだって、ケイトの方からママに擦り寄って行ったじゃないか)
(まあ、それはそうだけど)
あの時は、自分でもよく分からないけど、ママに私のフワフワしたお腹を触らせてあげたいって思ったの。
(ケイトがやりたいようにやれば良いんだよ。ヒーリング猫は、傷ついた人の心に寄り添うのが本来の性質なんだ。きっとケイトは今までも自然にそうしてきたし、そうせずにはいられないんだよ)
(そういうものなの?)
(そう、そういうもの。どうしても気になって、放ってはおけないはずなんだ)
それが私の本性なのであれば、自然の流れに任せるしかないわね。要するに、今まで通りの私で良いってこと。難しく考えるのは私らしくないからやーめよっと。
そんなやり取りをしているところに、カオルが私を迎えにやって来た。
「こんばんは。ごめんなさい、遅くなって」
息を切らせながらカオルは皆に謝った。
「いいえ、大丈夫よ」
ママがにっこり微笑みながら言った。
「そう言えば、二人は初対面ね。カオル、これが例の私の従兄弟。キョウ君、こちらがカオルよ」
何となく気まずそうな二人の表情を見てサクラが言った。
「こんばんは。人猫ともどもいつもお世話になってます」
とカオルが頭を下げると
「どうも。こちらこそ」
と、感じの良い笑顔を作ってキョウヘイはカオルに微笑みかけた。
「お噂は兼々伺っています」
「え?サクラから?マジっすか?どうせ、変態だのプロレスオタクだの、ろくな事聞かされてないんでしょうね」
キョウヘイはサクラをにらみながら、優しそうな口調でカオルにそう言った。
「いいえ、とっても優しくて格好良くて自慢の従兄弟さんだって、伺ってます」
「え?嘘でしょ?サクラの口からそんな…」
「ええ、直接そうは言ってませんけど、私からすると、そう言ってるように聞こえるんです」
「うそ?どこをどう翻訳したら今までの私の話がそう聞こえたの?」
「長い付き合いだからね。サクラの本心は大抵分かるのよ」
カオルはツルンとした笑顔でそう言った。
「それに、私一人っ子で両親も他界してるし、親戚ともほとんど交流がないから、サクラのこの環境がとっても羨ましいの。お兄さんみたいで良いなって思いながらいつもキョウヘイさんのお話を聞いてたから、そういう風に聞こえたのかもね」
と、おっとりとした笑顔をサクラに向けながらカオルは言った。カオルの言葉に皆、一瞬黙った。
「そういうことならこれからは…」
少しの沈黙の後に、キャウヘイが口を開いた。
「俺達皆のこと親戚だと思ってくれたらいいですよ。俺もサクラも一人っ子同士で、ホントの兄妹みたいに遠慮がないから、側で聞いてて引くかもしれないけどね」
「そうそう。私はこの子達にとっては義理の叔母だけど、そんなこと忘れるくらい、この二人は最初から私にフレンドリーだったわ。カオルさん、血のつながりって、ホントはそんなに重要じゃないのかも…」
「それに、カオルはケイトちゃんのママなんだから、結局は親戚みたいなもんよ」
意味の分からないことを、自信たっぷりにサクラが言って、ママとサクラの言葉に、マスターも黙って頷いた。
「えっ?良いんですか?そんなふうに言ってもらえると、私、凄く嬉しい」
カオルは少し目を潤ませながら声を弾ませた。さっきからの余韻で、この店の中全体に優しい空気が満ちている。
「ケイトが来てから、周りの皆が親切にしてくれてる。私一人だと遠慮しちゃうことでも、ケイトはドンドン道を作ってくれる」
私を抱き寄せて頬ずりしながらカオルは目を細めた。
「ホントに、ケイトは福猫ね」
そんなこんなで今日もまた、「ヒーリング系福猫」という、私の新たな呼び名が増えました。
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