棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

23章


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23

 

(そんなことが出来るの?)
私はビックリしてカーティスに聞いた。カーティスは、ちょっと得意そうに、だけど、それを悟られまいといつものニヒルさを装って何気ない口調でこう言った。
(最近知り合った、そこの公園のババア猫が言ってたんだけどさ。いつも餌をくれてた顔馴染みのじいさんが最近めっきり公園に来なくなったからってんで、あっちの世界を探してみたら、そっちに逝ってた、って。で、『その節はお世話になりました』って改めて礼を言ったら、すんごい喜んでくれたとか何とか…)
(はぁ?何それ?)
   ちょっと待ってよ。私も、何だかんだで今まで5年近く猫やってるけど、猫にそんな事までできるなんて、初耳過ぎて、ちょっと引いちゃう。それって、あの世に行ってきたってことよね?死んだ人の世界に…。それは、つまり、そのおばあさん猫も一旦死んだってこと?
(そんなの怖過ぎ!)
  私はカーティスに詰め寄った。
(ハハハ、ケイトは怖がりだな…。大丈夫、そのバアサンはピンピンしてるし、別に自分が死ななくても、ちょっとくらいなら覗けるもんらしいぜ、あの世って)
(えー?)
  カーティスは、簡単そうに言うけど、私には凄いことに思えるんだけど…。
(何かさ、俺達猫とか、あと、他にも一部の動物…、ああ、特にカラスの奴らはそれが得意らしい)
(でも、ここにいる皆は、そんなこと、出来るヒトは一人もいないじゃない?)
(そりゃ、方法ってもんがあるんだろう?何でもそうじゃん?自然に出来る事もあれば、誰かに習わないと出来ないこともあるだろ?)
   やけにしたり顔に、カーティスは私をからかうように言った。
(じゃあ、あなた、その方法っていうのを、習って来て皆に教えてよ)
(ああ、良いよ。あのバアサン猫には、最近、一杯餌を貰える穴場スポットを教えてやったから、俺の頼みなら聞いてもらえると思うしさ)
   そう言うと、カーティスは、大体話しが終わりかけている、人間達の輪の中に滑り込んで行った。

「なるほど。あなたの事情は、とてもよく分かりました。ただ、私どもにはどうにも出来ない問題ですし、ここにいる猫達も、あなたのお気持ちに添えるかどうか、それは分かりません」
「はい、勿論、それは承知しています。ただ、何かの手がかりになるのではないかと思って…」
   途中で注文したアイスコーヒーの最後の一口を飲みきると、ナカムラ君は起ち上がって、オルガの前にひざまずくと
「メイさん、随分探しましたよ」
と言いながら喉を撫でた。
(すっかり変わってて、始め分かんなかったよ)
と言いながら擦り寄るルチアーノを抱き上げて、長い毛をしばらく撫で回した後、ナカムラ君は
「もしご迷惑でなければ…」
と少し躊躇しながら口ごもったが、思いきったように
「今度、このお店の中で、この子達に僕のバイオリンを聴いてもらっても良いでしょうか?」
と言った。
「ええ。勿論ですとも」
  マスターよりも先に、ママが弾んだ声で即答した。そうね、ママはクラシックが好きだものね。
「素敵だわ。交響楽団の方のバイオリンを生で聴けるなんて。ねえ、あなた?」
「ああ、そうだな。…だけど、この方の目的はそこじゃないからさ…」
   思わずはしゃいでしまったママとナカムラ君の温度差を気にしながらマスターが困ったような顔をした。
「ご無理をお願いしてすみません。でも、そうやって快く受け入れていただけたらこちらも嬉しいです」
ナカムラ君は笑顔でそう言った。
「ごちそう様でした。また近いうちに来させていただきます」
そう言って店を出るナカムラ君について、カーティスはスルリと店の外に出て行った。
   まったく…、この店に来てまだ1年も経ってないけど、私達猫の精神世界へのポテンシャルの高さには、驚かされることの連続だわ。
(ナカムラ君、あんなに頑張ってたのに、結局プロになれなかったんだね)
ルチアーノがフサフサの尻尾で八の字を描きながら、オルガにそう言った。
(そうね。だけど、彼、あの頃よりいい男になったわ。何と言うか、そうね…憂いを知ったと言うのかしら…)
(そりゃそうだよ。だって、僕達の知ってた頃の彼は、幼い頃から神童と呼ばれて、色んなコンクールの賞を総なめにしてたんだもん。彼は自信に満ち溢れてたし、それまでは挫折なんて、経験したことなかったんじゃないかな?)
(そうよね。それが、コンクールの直前に師匠が亡くなっちゃうし 、目指してたプロにはなれなかったし…)
(ねえねえ、ちょっと聞いていい?)
普段、滅多に会話に入って来ないサリナが、珍しく明かり取りの出窓のさんの上から、二匹に声をかけた。
(なぁに?サリナ)
  オルガが優雅にサリナを見上げた。
(プロとそうじゃない人の違いって、何なの?)
(え?それは…。有名かどうか?それを仕事にして、お金をもらって生活してるかどうか?…ってことかしら?)
(そうなの?)
  サリナは不思議そうに首を傾げた。
(あの、毎週スケッチに来てる奧さん。あの人がママに話してるの聞いたことあるけど、画家は、例え一枚も絵が売れなくても、『私は画家です』って名乗った時点で画家なんですって。絵を売るのには、資格も許可もいらないらしいわ)
(え?そうなの?知らなかった…)
  オルガは、ちょっとひるんで、そう言った。
(絵も音楽も、どっちも芸術でしよ?なのに、絵描きは言ったモン勝ちで、音楽家はコンクールで一番取らなきゃなれないって、何だか不公平だなって思ってさ)
  オルガはしばらく黙っていたが
(確かにそうよね)
と小さく何度か頷いた。
(僕が思うには…)
今度はルチアーノが話し始めた。
(要は人に感動を与えられるかどうか?芸術の価値はそれに尽きると思うんだ。そこに、プロとかアマチュアとか、本当は関係ないはずなんだ。ただその両者に違いがあるとすれば、アマチュアの表現するものに比べてプロのそれは感動に値するクオリティをある程度確実に期待できる、ということなんじゃないかな)
(つまり、ハズレが少ないってこと?)
今度は私がそう言った。
(まあ、そんな感じかな。で、絵の場合は見る人が少ないじゃない?極端に言えば、他の人はどうでも良くても、誰か一人の人がものすごく感動してその絵を買いたいって言えば、作者はそれでプロとして生計が立てられるわけだけど、音楽は、一度に大勢の人に聴いてもらって評価を受けることになるから、そのへんが違うんじゃないかな?)
(ナカムラ君は、プロになれなかったこと、ずっと引きずってるのかしら?)
急に、私はそんなことが気になった。
(どうかな?僕達の知ってる以前の彼なら、きっと相当落ち込んだだろうな。だって、子どもの頃からそれだけを目指してがむしゃらに練習してきたんだからさ。だけど…、今日会った彼は、何だかホントに変わってた。オルガが言うように、憂いを知ってたし。…それに、前より優しい感じがしたな…)
ルチアーノは、さっきナカムラ君が出て行ったドアの方を見ながらそう言った。
(そっか…)
  私はしばらく黙ってぼんやり考えていた。人間はホントに芸術が好き。前にオルガは、それは本能だからって言ってた。でも、仕事とかお金とか、本能とは関係ないものに芸術はまみれてる。本能を満たすために…例えば私のお魚ミックスを買うためには金が必要で、そのためにカオルが働いてるっていうのは、そりゃそうよねって思うけど、お金をもらうために本能を披露するっていうのは、私にはよく分からない理屈だわ。だって、ナカムラ君は、子どもの頃から音楽が好きで、今でもそれが出来てるんだから、きっと十分幸せなはずよ。でも、彼は、師匠の最後の言葉が気になって眠れないくらい悩んでるのよね。…ホントに真面目な性格の人ね。私だったら、自分の本能を満足させられればそんなことどうでもいいけど…。
   そんな事を取り止めなく考えていたら、また別のお客さんがやって来て、その人達に紛れでカーティスも帰って来た。
(カーティス、どうだった?)
(死後の世界と交信する方法、教えてもらえた?)
誰彼なく、皆はカーティスに群がって尋ねた。
(ああ、楽勝。バアサン、俺に気があるみたいでさ。やけに丁寧に教えてくれたよ)
カーティスは、上機嫌だった。
(わぁ。すごい。それって、私達にも教えて貰えるの?)
ちょっと怖々、私は聞いた。
(ああ、猫なら猫同士、自由に教え合って良いって)
(そうなんだ。じゃあ、早速…)
(ただ、その前に、一つだけ条件があってだな)
(何よ、勿体ぶって)
(いや、これは凄く大事な事だから、必ず守るようにって、しつこく念を押されたんだ)
(だから、何よ?)
私はちょっとイラっとしながら言った。
(それは…)
少し間を置いてカーティスは言った。
(その方法を決して人間に知られないように、って…)
   猫達皆は、何となく私の方を見ていた。…ええ、分かってるわよ。誰にも言わない、言いませんったら…。大体、私の言葉は人間には通じないんだもん。…え?このおしゃべりは、読者の皆さんには知られてるよね、って?…そっ、そうね。…確かにね。
  ということで、ここから先の猫同士の会話は、オフレコにさせていただきますが、悪しからず…。

  カーティスのレクチャーによると、その方法は案外単純だった。確かに、この方法を人間が知ってしまったら、悪用される可能性大だわ。
  私達人間以外の生き物と人間との決定的な違い、それは、欲望に際限がないと言うこと。私達猫は、例え死後の世界と交信できても、それで何かを変えてやろうとかは思わない、…って言うか、そんな技は持ち合わせてない。だけど、多分人間は、きっとその先を考えるでしょうね。死後の世界で知った何かを使って、この世の何かを変えようと…。
  
   ルチアーノは
(案外怖くなさそうな方法で安心したよ)
と嬉しそうにフサフサの尻尾を振った。
   オルガも
(だったら、3日後がその条件に合うようだから、その日の深夜に決行しましょう)
とルチアーノの目を見ながら頷いた。
  皆、二匹を応援していた。私も、前に一緒にいたおばあさんに会いに行ってみようかなって一瞬だけ思ったけどやっぱりやめた。だって、私は私なりにその後の時間が過ぎていってるんだし、おばあさんだって、きっとそれなりに向こうでやってるだろうし。オルガやルチアーノみたいな、やむを得ない理由がない限り、こういう方法はあまり使わない方が良いと私は思う。だって、私達は皆、今を生きているから。
  過去の謎解きを終えて、ナカムラ君も今を生きられるようになると良いな。
  
  お客さんの増える時間帯になり、外が急に薄暗くなってきた。
「参ったよ、すごい夕立だ」
  この頃、朝じゃなく夕方に来店する事が多くなったノザワさんが、タオルで頭を拭きながらやって来た。
「最近、仕事が忙しくてね。…この年だから、年金もらって生活してるんだけど、たまに、元の職場の下請けの会社から声がかかって。こんなおじいさんになっても、お仕事をさせてもらえるっていうのはありがたいことですよ」
と、ノザワさんは、ママに言いながら、店の隅っこで私にブラッシングをしてくれた。
「この時間帯は、BGMはジャズなんですね。私、ビルエバンス大好きなんですよ。ジャズを聴きながら可愛いケイトちゃんをブラッシングしてる。まさに至福の一時ですね」
と、ノザワさんは私にブラッシングしながら目を細めた。
   こんな風に、年をとっても仕事をありがたがってしている人もいるのね。ノザワさんが働くのは、このお店に来て私におやつを買ってくれるため。ところで、ノザワさんは、何のプロなのかしら?私の心の声がノザワさんにも聞こえたら良いのに。…あっ、でも、あの世に逝った人は、猫とも話ができるのよね。もしも、ノザワさんが私よりも先にあっちに逝っちゃったら、ちょっと怖いけど会いに行ってあげるわね。その時はしっかりお喋りしましょうね。
  
  オルガとルチアーノは決行を3日後に控えて、何となく空模様を気にしていた。
   この雨が上がったら、いよいよ暑い夏が来る。

 


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