棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

26章


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26
   それから十日ほど経った頃、お揃いの青い服を着た体格の良い男の人達数人によって、大きな黒い箱…アップライトのピアノは、店内に運び込まれた。
   その日の夕方、久しぶりにやって来たサクラとキョウヘイは、嬉しそうにピアノを玩んでいた。サクラが、たどたどしくCMで流れてそうな私でも知ってる曲を弾くと、キョウヘイは
「ピアノって、すげーよな。右手と左手で別々の音弾くんだもんな。とても俺には無理だよ」
と、サクラの下手な演奏に感心しながらそう言った。
「そんなことないわよ。感覚よ、感覚。それより、キョウ君の方がすごいじゃない?あなた、確かベーシストよね?あんなメロディーと違う音をずーっと弾き続けるなんて、私にとっては神業だわ」
   この二人、今日は、いつもと違って、お互いを褒めそやしている。何か、二人で新しい褒め合いっこゲームでも始めたのか、もしくは、ここの所の暑さでちょっと頭がどうにかなっちゃったのかもしれない。
「ケイスケおじちゃん、いっそ、ここで、バンドのセッションもやっちゃったら?そしたら、キョウ君の演奏も聴けるじゃない?」
「無理無理。あんなどデカい音を出したら、猫達が皆逃げ出すよ」
マスターは、あり得ないという顔で両手を振った。
「それに…、猫とロックは何か合わない。ジャズやクラシックなら、何となくピンとくるんだけどな」
   へえー、そういうものかしら?
「やっぱ、ロックには犬っしょ?それも、中型犬以上の大きさの短毛の。うちのモカ君なんて、俺が聴くパンクのシャウトにハモってくれるしな」
   キョウヘイ。それは、単なる遠吠えと言うものよ。
「キョウ君。それは単なる遠吠えじゃないの?」
  そうそう、サクラは現実がよく分かってるわね。
   マスターやキョウヘイの発想に代表される、この手の人間の思い込みの強さには、まったく呆れるのを通り越して感心してしまうわ。私から見ると、人間って、ほぼ思い込みと自己満足だけで生きてると言っても過言ではない。ひ弱で極端に身体能力が低い分、脳がすごく発達してるからそういうことになるんだろうけど、でも、その思い込みによって、ホントは感じられる物まで感じられなくなってるのは、とても気の毒なことだわ。だけど、その思い込みによって、素敵なこともあるんでしょうね。ここで色々な人達によって繰り広げられる絵や音楽、それは素敵な思い込みの産物だもの。

(キョウヘイとサクラ。この二人、実はデキてるんじゃないかと、俺、近頃あやしんでるんだよな)
近くにいたカーティスが、不意に私にそう言った。
(うそ?無いでしょ、それは)
  あら?猫にも思い込みの強いのが、いた。
(何で、ケイトはそう思うんだ?)
(うーん。何でって、分かんないけど…。女の勘、…ってヤツかな?)
(女の勘?ケイトお嬢ちゃんの?…ハァン、そんなの当てになるもんか)
(何よ?その言い方)
  カーティスに余りにも子ども扱いされたように感じで、私はムッとしながらそう言い返した。
(じゃあさ。ケイトは俺の気持ちとか、分かる?…実は、俺、好きな娘いるんだ)
(あら。良かったわね。ずっと、良い娘がいないってこぼしてたのに)
   なんだ。そういうことか。のろけ話を聞いてほしいから、こんなふうにからんでくるのね。このヒトこそ、こう見えてこういう所、案外子どもっぽい。
(で?どんな娘なのよ。言ってご覧なさい、聴いてあげるから)
  カーティスは、一瞬ひるんだけど、横目でちょっと考えてから、いつものふざけた口調でのろけ始めた。
(まずは見た目が超可愛くってさ。頭も良くて機転が利いて。何と言っても度胸があって、いざという時頼りになるんだ)
(何よ。あなた女の子に頼ろうなんて、そんな軟弱なこと考えてるわけ?)
(そうじゃないけど…。あっ、だけど、意外に怖がりな所もあって…。強そうに見えて妙なとこがオトメっぽくて、そのギャップがまた可愛いんだよな。なんか、こう…、守ってあげたくなるって言うかさ…)
「はいはい、ご馳走さま。…で、その娘とはいつから付き合ってるのよ」
(それが、まだ告ってないんだよな)
(はぁ?あなた、何やってんの?そういう所、案外おくてなのね。そんな良い子はすぐに彼氏ができちゃうんだから。早くアタックしなきゃダメでしょう?)
(そう思うだろ?…もう彼氏いるのかもな…)
(そうね。いるかもね…)
  カーティスは、しばらく黙り込んだ。
(だけど、もし彼氏がいても、別に良いよな。俺達猫なんだし、一対一じゃなくても…)
(えっ、…ええ?まっ、まぁ、そうねぇ。…その娘の気持ち次第じゃない?)
  カーティスの考えが意外だったせいで、私はちょっぴりひるんで言葉に詰まった。女子にはあんまりそういう発想はないと思うんだけどな…。あっ、でも、確かにサビコは発情期は相手は誰でも良いって言ってたから、そういうのアリなヒトもいるのかも…。
(じゃあ、俺、思いきって、その娘に告白しちゃおっかな…)
(しちゃいなさいよ。カーティスだったら、綺麗好きだし格好いいし、きっと上手くいわよ)
(そっかな。ケイトにそう言ってもらったら、俺、ちょっといい気になっちゃうぜ)
(なっちゃえ、なっちゃえ)
(よし、じゃあ、思いきって告っちゃお。実はさ、…俺の好きな娘って、…ケイト、なんだよね)
(…)
   な…、何よ。この青春映画のような展開は?設定がちょっとベタ過ぎるわ。物語としては完全に三流ね。…だけど、これは、現実…。
(えっ、うそ…。だって、あなた、交尾とかしたいって…。私は無理よ。もともと避妊してるから、発情しないし)
何だか変な言い訳をしている自分が自分でもおかしいと感じたけど、カーティスもそんな私が可笑しかったみたいで、笑いながらこう言った。
(何か、ヒトをヤリたいだけの男みたいに言わないでくれるかな。俺だってタマ取ってるからさ、そんなに四六時中ムラムラしてるわけじゃなくてさ。何て言うか、究極のプラトニックラブ、って感じ?傍にいるだけで幸せって言うか…)
   それって、私のショウ君に対する気持ちと同じじゃない?
   何て言って良いか分からず、私がモジモジしていたら
(なっ?だからさ。ケイトの女の勘なんて、さっぱり当てになんないだろ?)
と、カーティスは恥ずかし紛れにそう言って、後ろ足で耳を搔いた。
(ありがとう。あなたの気持ちは嬉しいわ。だけど…)
(だけど…?)
(私…)
私、こういうシチュエーション苦手だわ。
  そう思う隙もなく、カーティスは
(『好きなヒトがいるの』…だろ?)
と、不貞腐れたように言った。
(え?)
(分かってるよ。毎朝、『今日の、ショウ君は~』っていうのを半年以上も聞かされてりゃ、誰だってそのくらい分かるよ。良いの、良いの。一回言ってみたかっただけだから…。悪かったな。気にすんなよな)
   そう言い残して、カーティスは、壁に体をこすりつけながらバックヤードの奥に消えて行った。
   私は、カーティスの背中を見送って、しばらくポカンとしていた。
  彼は、外に出て恋をする事が夢だったけど、結局今みたいなことになって、だけど、それで幸せだって言ってた。それって、私のせいよね?または、私のおかげ?どっちなんだろ?
   しばらく考えてみたけど、答えは出なかった。だって、それはカーティスの心の中のことで、他のヒトがが良いとか悪いとか決められない問題だもの。例えそれが、当事者の私であっても。
   カーティス、良いヤツだわ。私も彼のこと、結構好き。それに、ここの皆はそれぞれ良いヒト達で、皆まとめて大好きよ。でも、それはショウ君に対する好きとは違ってる。ショウ君への好きは、とっても幸せだけど、少し苦しい。
  カーティスも、そうなのかな?

   次の日の夕方、マドンナがやって来た。少し遅れて、ナカムラ君も現れた。
  マドンナは、音を確かめるようにピアノを弾いた。マドンナの白く細い指が軽やかに鍵盤に触れると、サクラが弾いた時とは、全然違う音がした。
「良いピアノですね」
マドンナが言った。
「早くバイオリンとのデュオが聴きたいわ」
と、ママが目を輝かせた。
   そこに、サクラとキョウヘイも現れた。
「これは、私の甥と姪でして…」
マスターがマドンナとナカムラ君に二人を紹介して、それぞれ簡単な自己紹介をしたところで、サクラがマスターに言った。
「じゃあ、早速日取りを決めましょうよ、ピアノとバイオリンのミニ演奏会の。あと、前から準備してた個展も、この際だから同時開催しちゃったら?」
「おっ、良いね」
すかさずキョウヘイがのってきた。
「あの、絵を描く人、俺も何度かここで見かけて、少しだけ話したことあるから、今度会ったらその話してみるわ」
「そうね。最初から個展っていうのに気が引けるようなら、キョウ君とその人の二人展ってことにしても良いしね」
   何か決める時のサクラの勢いには、誰も逆らえない。
   こうして、ここ、アートスペース猫カフェ マリエでの、最初のイベント開催は、概ね9月頃ということで話はまとまった。
「ポスター作って、商店街の他のお店にも貼ってもらいましょう」
ママはウキウキ弾んだ声で、そう言った。
「俺、デザイン画描くわ。手描きしかできないけど」
キョウヘイが言った。
「じゃあ、案内文は私が考える」
とサクラ。
「それでしたら、お二人からいただいた素材を、僕がパソコンで加工しましょうか?」
とナカムラ君もやる気満々。
「なんだか、学校の文化祭を思い出すわ」
とマドンナもニコニコしている。
    アートスペース猫カフェマリエの初めてのイベントは、果たしてどんな感じになるんだろう。来月の予定が今から楽しみだわ。
   皆さんも、お楽しみにね。

 


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