棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

2-4章


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シーズン2ー 4章

 そして翌朝、その日はカオルの仕事が休みで、時間がたっぷりあったから、私はヨシダさんのお家の屋根で、ショウ君から現在の世界情勢について、詳しく教えてもらった。(今、世の中では大変な事が起こっているんだ)そう言うと、ショウ君は私をいつもの窓辺から、隣の部屋のベランダに誘導した。ヨシダさんのベランダには丁度私が座れるくらいの幅の柵が付いていて、そこからは、今はもう大人になって別の場所で一人暮らししているそこのお兄ちゃんが昔使っていた子ども部屋が見える。ショウ君は、窓辺に置かれた机の上に上がって、薄いレースのカーテンを前足で少し開いて、壁に貼り付けてある世界地図をガラス越しに私に見せながらこう言った。(これが、僕達の住む地球を平らにした絵で、この真ん中の小さいのが、ここ、日本という国でね)(へぇ、随分小さいのね。じゃあ、この日本というのは、棗坂の一部なの?)(違うよ、ケイト。その逆さ。棗坂は日本の中のほんの狭いエリア、この地図上では、髭の先で付けた点よりも小さい範囲なんだよ)ショウ君の説明に私は驚いた。えー、そうなの?私達って、そんな狭い範囲で暮らしているのね…というか、私達の知らない世界はものすごーく広いのね。(…で、今問題になっているのは、この地図ではここ)ショウ君は、様々な色で細かく塗り分けられたエリアに視線を向けた。(ここに、こっちの大きな国が攻め込んだんだ)地図の上の方の大きな赤色の塊を、今度は尻尾で指しながら、ショウ君は話し続けた。(この辺りの小さな国はずっと昔から、この大きな国の脅威に曝されているんだ。この水色の国もそう。 以前は一つの国ということになってたけど 、今から二十年以上前に独立した。だけど、この大きな国は、それ以降もずっとこの小さい国を取り戻したいと思っていた。それで今回、この小さな国が他の小さな国の集会の仲間に入ろうとしたら、物凄く怒って、ミサイル攻撃を始めたんだよ)(えー、こんなに沢山自分の縄張りを持ってるんだから、こんな小っちゃい所まで欲しがらなくてもいいじゃないの?)(そう思うだろう?だけど、現実は色々複雑なんだ)ショウ君は優しく私をなだめながら話を続けた。(この国は見ての通り巨大国家だけど、地図の上の方は物凄く寒くて、人が住めそうな場所は実はあまり多くない。冬には海も凍ってしまうしね)(ふぅん。無駄に広いってわけね)(だけど、一方のこの小さい方の国は、色々な国に繋がる交通の要衝でもある。特に一年中凍らない港の存在が、この大きな国には、とても魅力的なんだ)(何で凍らない海が必要なの?)私は熱心な生徒のようにショウ君に質問した。(それは、沢山の物を運ぶため。僕達の身の回りの物、例えばこの家を作るための材料とか、キャットフードの元になる魚とか、殆どの物が、海を渡って外国から持ち込まれているんだ。陸の上を車で運ぶよりも、海の上を船で運ぶ方が断然確実だし効率が良いんだ)(そういうものなの…)私にはイマイチピンと来ない話だった。だって私は今まで一度も、本物の海を見たことがないんだもの。(それに、もう一つ凍らない海が必要な理由。それは、いつでも敵に攻めていくためだ)(…)私はしばらく黙って考え込んだ。そもそも、人間の敵って何だろう?人間は、こんな立派な家を作って、美味しいご馳走を食べて、寒い時には暖かい服を着るし、寒くなったらすぐに涼しい服に着替えられる。こんなに器用に便利な生活を手に入れているっていうのに、この上何が望みで、誰と戦うって言うのかしら?私の疑問にショウ君はすぐに的確な答えをくれた。(人間の敵は人間だ。そして、僕達の住むこの国は、この地図の中の、とても恵まれた生活をしている一部の場所に過ぎないんだ)ショウ君は、少し考えてから、今度はベランダの壁の隅に掛けてある、ショウ君パパのガーデニング用の手袋を見てこう言った。(例えば、その手袋の10本の指が地球上の人間全体だとしたら…)私は息をのんでショウ君の話に聞き入った。(豊かな生活を送れているのは、その右手の親指分くらいの人だけなんだ)(えっ?そんなに少ないの?)チョッピリ意外。(じゃあ、他の9本分の人達は?)(まあまあな人が 6本、結構大変な人達が 2本。そして、左手の親指位の割合の人は、きれいな飲み水を手に入れることも難しいような暮らしをしているらしいんだ)それは、猫の中にも野良と家猫じゃあ格差があるけど…。でも、人間はこんなに器用で頭が良いはずなのに…。(とにかく、皆が豊かなわけではない。そして、この豊かな右手の親指の人達も、自分達の暮らしが豊かになったら、もっともっとと欲が出てくるし、それより貧しい国の中には、武器を使ってもっと弱いところの物を取り上げてでも豊かになろうとする国もある)(他の人に分けてあげよう、とかは絶対考えないのね…)私は、不意に、お兄ちゃんの事を思い出した。お兄ちゃんは、自分がお腹が空いてる時でも、もっとお腹を空かせた野良猫を見つけたら、すぐにナガサワさんのお庭に連れて行って、自分よりも先にその猫にごはんを譲ってたっけ…。それに比べたら私なんて、自分は家猫としての不動の地位を確保してるにも関わらず、庭に来た他の猫をすごい剣幕で追い払うのよね…。(それは仕方ないよ、猫の本能だもの)私の思いを察したショウ君は、優しくそう言ってくれた。(皆が豊かだったら、争いは起きないのかしら?)私は、今度はトヨダさんの家の、ハッピーとチャチャやコトラの事を思い出した。あの家では、トヨダさんの奧さんの美味しいごはんをもらって、犬も猫も仲良く幸せに暮らしてる。チャチャもコトラもテーブルの上にお魚を乗せたままにしてても上って食べたりはしないって、この前トヨダさんはカオルに話してたっけ。豊かな暮らしは動物にも心の余裕を与えるのかしら。…でも、あそこの犬と猫は、猫が野良の頃から仲良しだったし、そう言えば私は、家猫歴はチャチャやコトラより長いけど、テーブルの上のお魚に見て見ぬふりは到底できない…。(人間の所有欲や独占欲、それもある程度は本能だから、仕方ないとは思う。だけど、彼等は頭が良すぎるせいか、そこに限度というものがない。つまり、何事もやり過ぎるんだ。ミサイルとか戦車を使って、徹底的に相手をやっつける。僕達猫は、どんなに喧嘩しても相手を殺すまでには至らないけど…)(人間って、一周回って大バカだわ)私は、昨日テレビで見た酷い光景を思い出してそう言った。(確かに、ケイトの言うとおりかもしれない)ショウ君も、私と同じ映像を思い出したように、深刻な目をしてそう言った。(賢いはずの人間が、何故そんなバカになっちゃうのかしら?)真面目な生徒の私に、ショウ君は控え目な態度でこう言った。(これは僕だけの見解かもしれないけど…、きっと、人間の使う言葉、これがくせ者なんだと思うんだ)(え?言葉…?)意外な意見だった。(言葉を沢山持つということは、物事の本質を曖昧にするということだ)ショウ君は、いつになく険しい目をして話を続けた。(国同士が戦って大量に人を殺すことを『戦争』と言う。そして、その戦争には、『大義名分』というものが存在するんだ)(大義名分?)始めて聞く言葉だわ。(大量に人を殺すことを正当化する理由だよ)(そんな物があるの?)私はびっくりしてそう言った。(対立する二つの勢力には、必ずそれぞれの正義が存在する。どちらも自分達が正しいと言い張るんだ)ショウ君は言葉を続けた。(先に自分がその土地や権利を所有していた、と互いに主張することが、ほぼ全ての争いの元なんだ)ああ、それなら何となく分かるわ。私は、フネが私のテリトリーに入ったら当然のように怒って追い払ったけど、そう言えば、最初、私がここに来た時、サビコが私に同じ事を言ってきた時、『このヒト何言ってるのかしら?』って思っもの。その後も出会う度に何度もバトルになったけど、私のパンチ力に屈して、サビコは我が家の庭には断りなく入り込まないようになったわ。だけど、それがつまり、「大義名分」ってことなの?私の心の声に答えるようにショウ君は(猫の場合は、やるとしてもその程度だろ?でも、人間は、壊滅的に相手をやっつける。それもお互いの『正義』の名の下に)ショウ君の話を聞いていると、どうもその「正義」というのが、やっぱりくせ者ね。

(人間は、綺麗な言葉で本質をすり替える。『民族の解放のため』というのが、今回の大きな国の指導者の掲げる正義みたいだ)

ショウ君はフサフサの尻尾を揺らしながらそう言った。 私は、再び、あの浮腫んだ狼顔の男のことを思い出した。(でも、そんなに領土を取り戻したかったら、自分で戦えば良いのに)私は、その時、同時に全く別のことも思い出した。それは、前に一緒に住んでたおばさんの夢の中に度々現れた兵隊さんのこと。あの人は、戦争に行って、そのまま帰って来れなくなったんだと、私、何となく分かってた。あの人は、どう考えても自分から人を殺せるような人ではなかったわ。なぜなら、とても優しい目をしていたから。 優しい人が、誰かが勝手に始めた戦いの犠牲になる。それが、戦争。(そう。そして、今回起こっていることは、戦争よりももっと酷い。大きい国からの徹底的な攻撃は、今、この瞬間も続いているんだ)ショウ君は、眩しそうに目を細めながら、遠くの空に目をやった。どこかのお庭の梅の木の花びらが数枚、風に乗って私の鼻先をかすめていった。 私達のいるここ日本に、世界のどこかで起こっていることとはまるで無関係みたいに、もうすぐ春が訪れようとしていた。


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