棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

2-15章


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2-15章

 食レポを終えて私達の所に帰ってきたエリックに、サリナが
(すごいわ。よくそんなこと知ってたわね)
と、心から感心したように言った。
(うん。時々マスターがお客さんと政治や経済の話をしてるからね。他の内容は聞き流しちゃうんだけど、こと食べ物の話となると、やっぱり気になっちゃうからさ)
 なるほど。好きこそものの何とか…って言うけど、ジャニスもエリックも、ちゃんと自分の世界観で独自の主張を展開したわ。
(じゃあ。次は誰、行く?)
私の呼びかけにオルガが、
(それじゃあ、私も)
と、エレガントな足取りでゆっくりと店の中央に進んで行った。
(じゃあ、始めるわよ)
オルガは私達にそう言うと
「ナ~オン」
と、一声高くて綺麗な声で鳴いた。そのクリスタルボイスにお客様は一斉にオルガに注目した。
 オルガはゆっくりとテーブルの間を歩き回って、目が合ったお客様に近づいては上目使いにその人を見つめてから、足元に首筋を擦り付けて
「ナーオン」
と小さく鳴いた。何人かのお客様がスマホを構えると、彼女は動きながら話し始めた。
(皆様こんにちは。私は、オルガ。私の住むここ日本は、そろそろ梅雨という長雨の季節に入りそうですが、皆様の所はいかがですか?世界中の皆様にこうしてお目にかかることができることを、私、とっても嬉しく思っています)
オルガはこんな丁寧な挨拶から話し始めた。
(今日は皆様に、複数のゲストをおもてなしする時の、接客のコツをお伝えしたいと思います)
 わっ、さすがはオルガ。どんな話をするんだろう?私も興味津々だわ。
(私が今いるのは、10人程のお客様がお食事をしているカフェのランチタイム。常連のお客様が多いお店です)
オルガは、そう言いながら一人のサラリーマン風の男性に近づいた。
(こちらの方は、御新規のお客様です。先ずは、こちらの方にご挨拶したいと思います)
そう言って、オルガはその男性を真っ直ぐに見上げて
「ナァォン」
と囁くように鳴いた。
(初めてのお客様は、ここがどんなお店か分からず、多少緊張しておられます。先ずは、その方の緊張感をほぐして差し上げましょう。どうしても慣れた方への接客を優先しがちですが、それは逆。初めての方が勇気をもってお店に入ってきてくださったことに心から感謝して、先ずはこちらからご挨拶をいたしましょう)
オルガは話を続けた。
(だけど、こうして初めての方の接客をしつつも、常連の方の動きにも、しっかりと気を配っておきましょう。折角、私達と接するために貴重な休憩時間を割いて来てくださっているのだから)
そう言いながら、オルガは、食べ終えてレジに向かっているお客様の足元に駆け寄って、顔を見上げながらスリッと体を擦り付けた。
(どなたにも寂しい思いをさせないよう心がけましょう)
 さすがオルガ。まるで高級クラブのママみたいだわ。この前カオルと一緒に見たドラマの一場面を、私は思い出した。
(ですが、例外もあります。今、このカップルは夏の旅行プランを立てている最中)
二人組の男女を遠巻きに見ながらオルガは言葉を続けた。
(こういう場合は、極力お邪魔をしないようにいたしましょう)
 その後、黒いパンツスタイルの女性の傍に行き
(それから、こういうお召し物のお客様へのスキンシップは程々に。お洋服に私達の毛を付けてしまっては、この後の予定に差し障ることもありますから。特に長毛種の皆様はお気をつけあそばせ)
と細やかな心配りについても語った。
(とにかく、重要なのは、お一人お一人を大切に思う気持ちと、相手の身になって考えるという思いやりの心。この二つを日頃から実践していけば、ご自身も沢山の方から愛されると同時に、周りを幸せにすることもできます。きっと、皆様のお気持ちと行いが、世界をより良いものに変えていくことでしょう。それでは皆様。またお目にかかる日まで、ごきげんよう)
そう言って、オルガは話を終えた。
(すごいや!)
 ルチアーノが歓声を上げ、一同尊敬の眼差しでオルガを迎えた。
 そうなのね。私は今まで自分が率先して新規のお客様を接待していると思ってたけど、実は陰にオルガのさりげない配慮があったのね。そういう、仲間に余計な気を遣わせないところも、オルガはステキ。大人の魅力に憧れちゃうわ。
 オルガの後は、どうなるかしら?
 しばらく間をおいて
(じゃ、一丁やってやるか…)
と言って、今度はカーティスが、フラフラと客席に近づいて行った。
 カーティスは、それまでのパターンとは違って、ただウロウロとその場を歩いていたが、そのうち、食事を終えたお客様が、一人二人と彼をスマホで追いはじめた。
 なるほど、カーティス、いつもの技を使ってるのね。彼の引き寄せパワーに釣られて動画を撮りはじめた四人組の中年女性のテーブルの前で、カーティスは演説を始めた。
(よっ、俺はカーティス。何か…、こういうのちょっと照れるけど…。これから俺の日頃考えてる事を少しだけ話してみるから、良かったら聞いてみて)
 少し不貞腐れたような態度で、カーティスは話し始めた。
(俺達猫って、この地球上のどの生き物とも、ちょっと違うと思うんだよね)
 ふんふん、そう来るか…。
(もともとは野性動物だったけど、今みたいに人間と暮らすようになってからの歴史は長くて、最古の家猫は9500年くらい前から存在したらしい)
 そうなんだ?カーティス意外と歴史に詳しいのね。
(まあ、最初はペットと言うよりも、鼠を取るための家畜としての役割が大きかったみたいだけど、今じゃ専ら愛玩動物ということになってる。だけど、一時期、魔女の手下とか言われて迫害された時代もあったらしい。大方、俺達の潜在能力が神秘的過ぎて、恐れられてたってことなんだろうな)
カーティスは斜め下からスマホに流し目を送ってこう続けた。
(神秘的な動物と言えば、蛇とか狐とか色々いると思うけど、あいつらはほぼほぼ野性動物だからな。俺達は人間に近い分、色々便利なこともある)
 カーティスのトークは段々ノッてきた。
(例えば、俺達猫同士は普段からテレパシーでコミュニケーションをはかるけど、それは人間にも使える。現に今俺は、テレパシーで人間を引き寄せて、彼らの電波に便乗して皆と通信してるってわけ)
 わっ、それ言っちゃうんだ。
(テレパシー以外にも色々、例えばヒーリングとかインスピレーションとか、珍しいのだと催眠術とか、やろうと思えばわりと簡単に、できちゃうもんなんだ、俺達猫って)
ここまで言うと、カーティスはスマホに向かって不適な笑みを浮かべてこう続けた。
(人間は頭脳に依存し過ぎた結果、俺達のような力を失って、現在、迷走状態にある。そんな人間を上手くコントロールして、この世界の安全な秩序を守るのが俺達猫の使命だって、実は俺、常々思ってたんだけどさ…)
 へー、そうだったの?軽く見えてわりと深いのね、このヒト。
(俺みたいな考えの猫…中には犬も、他にも一杯いると思う。今はこんな時代だし、皆もそれぞれの場所で出来ることをやりながら、人間っていう、頼りになるけど厄介な連中の、突き詰めた正義感を上手にいなしていかないか?)
 そして、一呼吸おいて
(世界が最悪の状態になるのを、皆で一緒に食い止めようぜ)
 更に
(サンキュー。ヨロシク)
と言って、彼は演説を締めくくった。
(何だか、凄かったわね)
そう言って出迎える私にカーティスは
(どう?今度こそ惚れ直した?)
と言いながら、ニヤリと笑った。

 そうこうしているうちにランチタイムは終わり、入り口のドアには一旦準備中の札がかけられて、マスターとママは休憩時間に入った。
 私達猫は、それぞれいつもとは違ったパターンでおやつを貰ったり好きな場所で昼寝をしたりして過ごした。お互いのトークについて特に多く感想は述べ合わなかったけど、皆、何にも考えてないようでいて実は色々考えてたんたなぁって、私は仲間のことを誇らしく思ったわ。
 皆の気持ちが、この世界のあちこちに、そして、ナナオの病気を治したいという願いが、私にはよく分からないけどミスズさんが言っていた、大きな力というのに届くといいな。いえ、きっと、届くはず。私は、強くそう信じることにした。

 そして一時間後に、お店は再びオープンした。その日は近くのデパートが定休日で、そのせいか午後の商店街の客足はまばらだった。
 しばらくして、小さなベルの音と共にメイちゃんくらいの年の女の人と、その人の連れた小さなお客さんが入ってきた。
「ママ、このお店、ピアノあるよ」
メイちゃんの息子のショウ君と同い年くらいの女の子が、真っ先にピアノの方に駆け寄った。
「ダメよ。勝手にピアノに触っちゃ」
 あら、このお母さん、若いのにしっかりしてて良い感じ。
 女の子は、ピアノと母親の顔を困ったように交互に見ながら、ピアノの傍をウロウロしていた。
「猫ちゃんにも、勝手に触ったらダメなのよ。約束だもんね」
「はーい」
女の子は、ちょっと残念そうに、だけど聞き分けの良いお返事をした。そうそう、そういうお利口さんにだけ、猫カフェで猫とのふれあいを楽しむという特権が与えられているのよ。
 女の子は、お母さんとメニューを見てオーダーを済ませた後、私達の事をチラチラ見ていた。
「あの子、フワフワだね」
と、その子は、毛の長いルチアーノの事が気になって仕方がないみたい。
(ルチ、御新規のお客様からご指名よ)
さっきのオルガのトークに触発されて、半分冗談めかして私がそう言うと
(…だね)
と答えて、ルチアーノは女の子に自分から擦りよった。
(わー、フワフワちゃん。かわいい!)
女の子は、とても喜んでルチアーノを撫でた。
 ルチアーノは基本的に子ども好き。元々家猫だったせいもあり、触られることに慣れてもいるし。
「猫ちゃん、抱っこしてあけるね」
だけど、そうやって、力の弱い子どもに抱き上げられるのは、さすがにちょっと不安みたい。特に長毛の彼は、意外と体重が重いから、小さな子どもに抱っこされるのは、ちょっと無理がある。
(あっ、あのっ、…君の気持ちはよく分かったよ。だけど、今は…、こっちで遊ぼ)
そう言って、ちょっと困ったルチアーノは、女の子をピアノの方に誘導した。
 ピアノの椅子の上に座って
「ニャーオ」
と彼女を誘うルチアーノ。女の子は、モジモジしながら、お母さんの耳元で何か囁き、すると、女の子のお母さんは
「自分で言ってごらんなさい」
と、彼女の背中をそっと押した。
 女の子は、おずおずとカウンターの方に歩み寄ると、厨房に向かって声をかけた。
「あのー…」
 カウンターから、ママの笑顔が現れた。
「ピアノを弾いても良いですか?」
女の子の要望に、ママは満面の笑みで頷いた。
「どうぞ」
 彼女は、アップライトのピアノの蓋を重そうに開けると、椅子に座った。その足元にルチアーノが、そして、気がつくと、いつの間にか、ピアノの上にはサリナが座っていた。

 


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