棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

2-17章


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2-17章

 その夜お家に帰ってから、私はカオルのスマホで、ナナオからのビデオレターを確認した。
(やっほー、ケイト…)
全然ヤッホーな雰囲気じゃないか細い声で、ナナオは動画のメッセージを送っていた。
(僕、…ひどいでしょ?このやつれよう)
ナナオは、メイちゃんがカオルに宛てて送った動画で、以前のように私に向かって近況を伝えていた。
(猫風邪って、マジてヤバいよ。鼻がつまって息ができないし…、ご飯も水も喉を通らなくて、僕、ホントに死ぬかと思った)
まだ疲れの残る顔に、だけどナナオは無理に笑顔を浮かべて、こう言葉を続けた。
(でも、もう大丈夫。何だか、今日の昼過ぎくらいから急に鼻が通るようになってね。さっきも、晩御飯、ちゃんと完食できたんだ)
 ああ、そらならもう安心ね。何をおいてもまず、生きることは食べることだもの。
(それがね、ホントに不思議なんだ。朝のうち、息苦しさがピークでね。意識も朦朧として、僕、もうこのまま死んじゃうんだと思った。それで、そのまま夢を見たんだと思うんだけど…。真っ暗闇の中にいたら、闇の中に一つの光が灯ったんだ。その光は一つまた一つと増えて全部で七つになってね。その光の方に向かって歩いて行ったら、段々息が楽になって。それで、目が覚めたら、急にお腹が空いてきて…)
 良かったわ。どういうことかは分からないけど、私達の祈りはきっと通じたのね、その…大いなる力、というのに。
 ナナオの動画を見終わると、カオルはスマホを私の方に構えて撮影を始めたので、今度はこちらからのメッセージを、ナナオに向けて私は喋った。
(ナナオ、元気になって良かったわ。マリエの皆も、ナナオが良くなるように祈っていたの。本当に、本当に良かったわ)
 昼間、私達がした具体的な行動については、特にナナオには話さなかった。だって、それは私達が勝手にやってたことだし、その事をここでナナオに恩着せがましく言いたくはなかったの。何にせよ、一番大変だったナナオに
(頑張って病気に打ち勝ったのね。立派だわ、ナナオ)
と私は心からの称賛を送った。

 そして、次の日、私とマリエの仲間達は、ナナオの回復を改めて喜びあった。
(本当に良かったね)
皆、同じ言葉を繰り返した。喜びを伝える言葉は、いつでも案外シンプルだわ。皆、昨日のことで何となくそれぞれお互いの事をより好きになれたと思う。たけど、そういう良い変化を言葉にするのはとても難しい。言葉にすると、どんな事でも何だか少し嘘っぽくなるの。それはたとえテレパシーであっても。ただ、一緒にいる時の空気が前以上に心地良い。こういうのを、きっと人間の言葉では「信頼感が深まる」と言うんだと思うわ。
 私がいつも以上に気分よく、片足をピンと上に伸ばして入念にグルーミングを始めた頃に、昨日と同じランチのお客様がちょっぴり早い休憩時間を取って店に現れた。
「聞いて、マスター。超ビックリ!」
 開口一番、昨日のお兄さんはスマホを握りしめてマスターにこう言った。
「昨日ここで撮ったケイトちゃんの動画、Instaに挙げたら
すごいバズっちゃって…」
お兄さんは、マスターに早口にそう報告した。
「何でも、僕の挙げた動画を、家で飼ってる犬や猫や…中にはカワウソとかとリビングで一緒に見てたら、皆一斉に画面に釘付けになって、その後、何回も見せろって激しくせがむって…。そして、更にその後、動画のケイトちゃんと同じポーズで甘えてくるって。それが、日本だけじゃなくて、海外からも同じようなコメントが来てて。アラビア語のコメントとか、僕初めてなんだけど…」
お兄さんは、嬉しさと戸惑いの入り交じった表情で、ちょっと特殊な生き物を見るように私の方を見た。
 お兄さんよりも数秒後に入店したお客様達も
「そうなのよ。わたしもこんなに沢山リツイートもらったの初めて」
「オルガちゃんの動画を見て、今まで素っ気なかった飼い猫が急に愛想よくなったとか」
「そうそう、カーティス君の動画を見ながら、多頭飼いの犬達が並んで一斉に遠吠えを始めたとかいうのも来たわ」
と、昨日のランチタイムの動画の影響について一斉に話し始めて、店内は急に賑やかになった。
 私達も、思いの外早い周囲の反響に興奮し始めた。
(やっぱり、ケイトのアイデアはすごいね)
ルチアーノが感心してそう言った。
(それを言うならルチこそ、黒鍵だけで弾ける曲に素早く便乗するなんて、普通の猫にはとても思い付かない芸当だわ)
私も、昨日の感動を思い出しながらルチアーノを誉め返した。
(まあ、これでも、元音楽家の家猫、だからね)
ルチアーノも素直に嬉しそうにそう言った。
(人間の反響もいいけど、動物達の生の声も聞いてみたいわよね)
そう言うジャニスの声に
(そんじゃ、ちょっと拝見するかな)
と、カーティスは答えると、制服姿の二人組の女子高生の席に近づいて行った。
「ねえねえ、この動画、超かわいいんだけど」
明るい髪の色の女の子が、スマホをもう一人のオカッパ頭の子に見せた。
「わぁ、ホントだ。猫が皆、こっち見てる」
女の子のスマホの画面には、私達と同じくらいの数の猫達が映されていて、その子達は画面に向かって一斉にコメントしていた。
(ケイトちゃん、動画見ました。すっごい感動した!)
(ジャニスちゃん、可愛い!最高!)
若い三毛と黒猫が元気一杯、そう言った。
(おっ。早速来てるな)
カーティスは、私達の方を見てニンマリ笑った。
 その他のお客様の席にも順次カーティスは回って行き、皆がスマホのペット動画を検索し始めると、確かに、あちこちで反響が沸き起こっていることが、私達にも理解できた。
(オルガさんのマナー講座、是非定期受講したいです)
(ルチアーノ君、今度、ゆっくりピアノの弾き方教えてね)
と言う、ペルシャ猫の兄弟。
(エリック君のおかげで、夫の食欲が戻ってきたの。ありがとう)
と言うのは、グレーのおばあさん猫。
更に
(サリナさん、ホントに優しいね。あなたの意見に共感しました。子猫ちゃん、早く良くなったらいいね)
と言うコメントを送ってくれてたは、大型犬のジェントルマン。
そして
(カーティスさん。兄貴、って呼ばせてください!)
と熱いエールを送って来たのは、何と若い雄のイグアナだった。
 私達の配信した昨日の動画は、たった一日で世界中の色々な所で様々なペット達の目に止まっていた。その事を、人間達がどこまで気づいたかは分からないけど、何か不思議な事が起こっているということは、一部のお客様達は気付いたみたい。
 私達の小さな声が大きな声になって、早く人間にも届くと良いな。今という同じ時間を生きる仲間として、皆が幸せになれたら。
 そんな思いを込めて、その日も私は、お兄さんの向けるスマホの画面に向かってメッセージを発信した。

 


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