棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

2-18章


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2-18章

 それからしばらく経った日の夜、私はリビングでいつものようにカオルと一緒にニュースを見ていた。テレビ画面には、大きなZの文字の入った戦車が写っていて、中から白い布を手にした人が両手を上げて出てきていた。これは一体、何?
 今度はカオルのスマホにたまたま写し出された動画で、犬がこんな話をしているのが聞こえてきた。
(皆、聞いて。私ついにやってしまったの。ご主人に噛みついて、全治3週間の怪我を負わせてしまったのよ。それも、たまたまの事故なんかじゃなく、完全に私の意図した犯行なの。だけど、ご主人は私を怒らなかったわ。だから、こうして今、私の動画を撮影してくれてるの。どういうことか、皆に分かる?)
謎めいた彼女の問いかけに首を傾げたのは、きっと私だけではないはず。アナスタシアと名乗る中型犬の彼女は話を続けた。
(私の最愛のご主人ミハイルは、数日前に突然軍隊に召集されたの。今朝、彼が悲しい目をして私にお別れの挨拶をしに来た時、私は全てを悟ったわ。このままこの人を行かせてしまったら、二度と戻って来られないって。だから、私は意を決してミハイルに飛びかかって、左の太股に思いっきり噛みついたの。彼は倒れこんでしばらく痛がっていたけど、その後すぐに家族と病院に行って、数時間後に、足を包帯でぐるぐる巻きにして帰って来た。そして、私にこう言ったの)
アナスタシアは、そこで大きく息継ぎをして、誇らしげにこう言った。
(『アナスタシア、ありがとう。お前のおかげでしばらくの間、戦地に行かずに済む。さっき皆と相談して決めたんた。これから僕達はこの国から逃げることにした。勿論、お前も一緒だよ。大丈夫、もう決して離れない』って)
 アナスタシアは、深い眼差しで画面には向かってこう言った。
(SNSでケイトちゃん達のお話を聞いて、私も自分の使命について考えたの。そして、愛する人を守るために、私は彼を傷つけた。それでもし、彼に捨てられてしまったとしても、少しでも彼に生き延びる時間を与えることができれば本望だと思ったの。だけど、彼はちゃんと私の気持ちに応えてくれた。これが社会的に正しいことかどうかなんて関係ない。私にとって一番大切なのはミハイルの命なんだもの)
 私達のメッセージをしっかり受け止めてくれている犬がいることに私は感動した。このアナスタシアのメッセージを受けて、更に他のペットも何らかの行動を起こすのかもしれない。それがどういうものであれ、人と人が殺し合わない方向に少しでも舵がきれていけばいいな。そして、アナスタシアと飼い主のミハイルの一家が、無事に安全な所に逃げ延びることができたらいいなと、その時私は強く思った。
(これからどんな旅が待っているか分からないけど、大好きなミハイルと一緒にいられたら、どこに居ても私は幸せ。皆もどうか、ご主人様と末長くお幸せに)
 アナスタシアのメッセージは、そこで終わった。
 今のメッセージ、あちらの世界のミスズさんにも届いていたら、きっと彼女も喜んでくれてるだろうな。
 
 翌朝、ヨシダさんの二階の窓辺で、私は嬉しいニュースを聞いた。
(ケイト達を見習って、僕もオンライン配信を始めたんだ)
と、ショウ君はいつもより少し弾んだ声でこう言った。
(僕は病気で体も思うように動かせない。だけど、こんな僕でも、こうして世界中に思いを伝えることができる)
ショウ君は、グリーンの瞳をキラキラ輝かせていた。
(今日日、世の中にペット動画は溢れてる。うちのパパも、僕が少し面白い仕草をすると、すぐに動画を撮ってSNSにアップするんだ。今まではただ何気なく撮られるだけだったけど、このチャンスを利用しない手はないものね)
(きっとショウ君の配信を見た多くの猫や犬達が、皆のために今何ができるかということを真剣に考えるようになると思うわ)
(ペットだけじゃなく、人間にも、不十分な形ではあるけどテレパシーは伝わるはずなんだ。僕はそちらもターゲットにしていきたいと考えてる。その方が、よりダイレクトに影響力を発揮できるし、配信のチャンスも増えるからね)
(確かに。動画を撮影したり配信したり、それを視聴したりする主体は人間だものね。ちょっと皆の目を引く動きをすれば、多くの人に視てもらえるわね)
さすがショウ君。考えることがより高度だわ。
(こんな方法を思いついたケイトは、本当に天才だよ)
ショウ君に誉められて有頂天になりそうな気持ちを抑えて私は
(もともとこれを思いついたのはヨネなのよ)
と少し前の事を思い出しながら言った。
 ヨネとナナオがメイちゃんにもらわれて行って、ちょっぴり淋しいと思っていた矢先に、ヨネの発案でナナオが私にビデオレターを送ってきた。全てはそこから始まって、今や、全く知らない海外の家族の運命を変えるまでに影響力は広がっている。今の世の中って本当にスゴいわ。ミスズさんの若い頃にもSNSがあったら、皆の運命はもっと違っていたでしょうね。
(僕達この地球上の生き物は、皆どこかで繋がっているんだ。同じ時代に生きているというだけで、互いに何らかの形で影響力しあっている。その事が分かれば、一人でいても淋しくないし、一人の思いから世界を変えていく事が、今は誰にでもできる時代なんだ)
ショウ君の言葉に私は大きく頷いた。そうね、大きな国のリーダーだけが世界を動かすわけじゃない。一人一人の人や私達人間以外の動物も、一緒に時代を作っているのよ。
 そうやってショウ君とお話していたら、私にも新たなアイデアが浮かんできちゃった。そのアイデアを、私はその夜早速試してみた。
 帰宅後にリビングで掃除機をかけているカオルにすり寄って私はこう言った。
(ねえねえ、カオル。いつものアレ、やってよ)
私が床の上にゴロンと横になると、カオルは元々タレ目な目尻を益々下げて
(ハイハイ。ケイト、ちょっと待ってね)
と言って掃除を中断してから、いつもの4Kを始めた。
「ケ~イトちゃんは可愛いな~、可愛いな~」
最近は、言葉にメロディーもついてきている。
「ケ~イトちゃんは賢いな~、賢いな~」
そんなデレデレのカオルに、私はこう誘いかけてみた。
(ねえ、カオル。あなたもそろそろSNSデビューしなさいよ。身近にこんな映える被写体がいるんだから。勿体ないと思わないの?)
そして、ひざまずいたカオルの横にある、コードレス掃除機を尻尾でパタパタ叩いて次の行動を促した。
(あら、今日は、かけさせてくれるの?)
そう言うと、カオルは掃除機の長いノズルを外し吸引力を弱に設定して、私の背中に先端を当てた。
(ああ、そこそこ。気持ちいいわ~)
コードレス掃除機の程好い吸引力に、私はうっとりと目を閉じた。
(ケ~イトちゃんは綺麗だな。ケ~イトちゃんは健康だな)
カオルの面白いオリジナルソングは続く。
(ケ~イトちゃんはかわいいな。かわいいな。ニャン🎵)
(何よ、そのニャン🎵は?あなた、ちょっとデレデレが過ぎるわよ…)
私達がそんなやり取りをしていると、そこにタイミング良く、メイちゃんから動画が送られてきた。カオルはすぐにスマホを見て、メイちゃんからの動画を確認すると、そのまま、今度はスマホを私に向けて、撮影を始めた。
 チャーンス!
 私は、前々から考えていた人間向けのメッセージを画面に向かって訴えた。


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