棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

11章

11章
   サクラがバッグから取り出した小さな箱には、綺麗な模様が描かれていた。その箱を開けると中に沢山の同じ大きさの丈夫そうな紙が入っていて、サクラはその順番を器用に入れ換えながらキムラさんと話し始めた。
「私の占いは、キムラさんの中にある本当の答えを見つけるお手伝いで、このカードはそのヒントを与えてくれる物なの。こうやって会話をしながらカードを繰っていると、それとなく気になるカードを引きたくなったり、時には自然にカードが飛び出してくることもあるの」
「へー、そうなんだ」
「キムラさんは、今は特にテーマは無いということだったから、これから出てくる4枚のカードは、キムラさんの現在の状況と学ぶべき教訓を示します。必ずしもカードが明確な答えを示唆する訳ではなく、どちらかと言えば、そのカードから引き出されるキムラさんの本質に触れることが大切なの」
「私の本質?」
「そう、キムラさんの本質。基本的な私の占いの考え方は、『正しい答えは、始めからその人の中にある』というものなの。占い師の私でもカードでもない、本当の答えは始めからその人の中にある。なるべき者になるために人はこの世に生まれてくるのだけれど、この世で生きているうちに、何になってどう生きるべきか、大抵の人間は忘れてしまうの」
「私の中に始めから答えが…?」
「そう」
   サクラの言ってること、何となく私にも解るわ。私は、前のおばあさんの所に居たときは、そこが私の居場所だと解ってたし、カオルに会った時も、『今度はこの人と暮らすんだな』って解ったもの。そして、今はここ、猫カフェギャラリー マリエで、人気ナンバーワンの占いアシスタント猫をやることが、元々定められていたことのように私にはピッタリきてる。ここの猫達も、最初はみんな癖が強かったけど、それぞれ個性的で深く付き合えば気の良い連中よ。ただ、みんな何らかの理由でうまくいかない問題に直面してたけど。でも、それぞれが自分の望みを素直に認めて解決方法を見つけていくことができた 。ジャニスとサリナ以外は、まだまだ理想への道のりは長いけど、きっと皆、そのうちうまくいくって私には思えるの。なぜ私がいつもそんな風にポジティブに考えられるのか、それは自分でも分からないけど、もしかしたら、カオルの4Kは、ちょっとは影響してるのかも。
   何となく雑談しながらサクラがカードを繰っていると、不意に一枚のカードがサクラの手からこぼれ落ちた。
「早速、このカードが何か言ってきたわ」
サクラは、飛び出してきたカードをめくって、キムラさんの前に置いた。そこには、カラフルで細やかな絵が描かれていた。
「このカードを見てどんな風に感じるか、キムラさん自由に言ってみて」
サクラがキムラさんに穏やかな声でそう言った。
「わぁ、綺麗なカード。この女の子は何か大切そうに丸い玉を包んでて、…よく見ると色んな所に色んな人や動物がいる。この砂浜で遊んでる子ども達、かわいい…。熱帯魚、ヨット、トンボ…色んな物が見えてくるわ。何かホッとする幸せな感じ。何か懐かしいような、優しい雰囲気のカードだわ」
サクラはそっと微笑んだ。
「最初から良いカードが出たわ。これは、キムラさんの過去が現在にどんな影響を与えているかを表すカードで、このカードが意味するのは『感謝』です。このカードを見てキムラさんは優しい気持ちになったりホッとしたりしてる。つまり、自分の過去に嫌な感情はない、むしろ、感謝の気持ちで振り返っている、ということね」
「へー、そうなんだ。まあね、確かに、私、末っ子で子どもの頃は何だかんだ言って、結構家族に可愛がられたのよね。今の職場には色々不満はあるけど、恩師の紹介で何とか入れた会社だし。確かに過去を振り返ると、感謝の気持ちはなくはないわ」
   ふぅん、サクラの占いってこんな感じなんだ。
   その後、二人はお互い会ってなかった長い年月の話を伝えたりしながらお喋りを始めた。
「そう言えば、シラカワさん、結婚してたんじゃ…」
「そうなのよ、以前ね。でも、私には他人と暮らすのは向いてなかったみたい」
「そっか…」
「キムラさんの方はどうなの?ずっとキムラさんのまま?」
「そうよ。この年になると、若い頃みたいに浮いた話もなくなったし。…そもそも私も、向いてないのよ、結婚とかって。婚活もしてみたけど、そういう所にはいないのよね、私の求める相手は」
「そうなのね」
   しばらく二人は黙り込んだ。
「キムラさんって、どんな人がタイプなんだっけ?」
   しばらくしてサクラが聞いた。
「好みのタイプ?そうねぇ…。何だか私、あまり安定してない人に惹かれるのよね。どこか大人げない所があって、明るいんだけどどこかふと淋しい瞬間のある人。別に、最初からそういうの求めてるわけじゃないんだけど、今まで気がついたら好きになった人は皆そんなタイプ。だけどそもそも、そういう人自体が、結婚には向かない」
「なるほど、分かる気がする」
   サクラは何か思い出したように頷いた。私も、何となくキョウヘイのこと思い出しながら、サクラの膝の上で前足を組み直した。サクラは何気ない会話を続けながらカードを繰っている。
「キムラさん、気になるカードがあったら言ってね」
「えっ、気になるカード?」
「ええ。こうして私がシャッフルしてるから、『これだ!』と思う瞬間があったら言って」
「分かったわ」
   二人は、その後もとりとめなく今の仕事の話とか休日の過ごし方なんかを話していた。占いって、こんなダラダラした世間話なの?って何だか私がウトウトし始めた時、キムラさんが急に
「あっ、そのカード!」
と言ったので、私はビックリして目を開けた。キムラさんはカードを引いて、こう言った。
「背中に羽根の付いた妖精が、流れ星に手を伸ばしてる。…何だか神秘的ね」
「これは、キムラさんの現在を表すカードです。このカードが意味するのは、『七つの美徳』。希望、慈愛、勇気、正義、信仰、忍耐、節制等の良い物を受け取ろうとしている」
「わっ、何か良い状態なんだ。まさに今、この占いがそうなのかもそれない」
「そうだと良いわね」
   サクラがそう言った瞬間、
「今度はこれ」
と、隙間からはみ出したカードをキムラさんが引いた。
「そのカードの印象は、どう?」
「強い印象のカードね。手からオーラを出して女の子が何かと戦ってるわ。闘争、公害、貧困…。足下には野生の動物達が怖そうに身を寄せている。イタチ、ウサギ、オオカミ?…ネコもいるわ。この子は、向こう側の悪い物から生き物達を守っているみたい」
「これは、近い未来を予見するカードです。このカードは『七つの大罪』と言って、人間のあらゆるネガティブな性質を表すカードです。怠惰、物欲、肉欲、暴食、憤怒、嫉妬、高慢等を意味する、一般的にはあまり良くないカード。でも、キムラさんは、このカードに強さを感じた。弱い物達を守って戦うイメージを抱いたのね 」
「ええ」
   それから急にキムラさんは無口になり、その後もサクラは緩やかにカードを繰り続けたが、しばらくして
「これ」
と、キムラさんは唐突に最後のカードを引き抜いた。
「このカードの意味は?」
「これは『悟り』を意味するカードです。悟りとは、自分自身や周囲の人への見方をがらりと変えてしまうような突然のひらめきを得ることです。突然灯りがついたように、状況の本質が見えてきます。明晰さがあれば、真実を見つけることができるから、自信を持って良い決断をすることができる、そんなカードよ」
   キムラさんは、何だか電池の切れた人形のように黙ったままうつむいた。
「分かったわ、ありがとう。何だか酔いが回ってきたみたい。3000円だっけ?」
「いいえ、知り合いからは占いの代金を取らないと言うのが私のポリシーだから、いいわ。コーヒー代だけ店に払ってくれれば」
「シラカワさん、会えて嬉しかったわ。またね」
   レジでママにお金を払って、レジカウンターの横の棚に立てかけてあるチラシを数枚手に取ると、キムラさんは風のようにドアの外に消えた。
「不思議な方ね。途中まですごく熱心に占いを受けてたのに、急に素っ気なく帰って行って。占いの内容が何か気に障ったのかしら?」
  ママが心配そうにサクラに尋ねた。
「大丈夫。彼女は昔からああよ。サークルの飲み会でも、酔うといつも急に居なくなってしまうの」
   サクラは事もなげに言った。
  あれ?占いって、もうおしまい?私の出番がなかったじゃないの。それに、最後はプツッと終わっちゃって、何だかスッキリしないわ。サクラはあれで良いと思ってるのかしら?
「ケイト、どうだった?私の占い」
   私の心の声が聞こえたかのようにサクラが私にそう尋ねた。
(何だか中途半端。あれであの人、納得したの?)
「彼女はあれで良いのよ」
  まるで、私の言葉が分かるみたいにサクラは呟いた。
  
   数日後の夕方、久しぶりにキョウヘイが店にやって来た。
「叔父貴、このコーヒーカップ、お客の反応はどう?」
   自分の作ったコーヒーカップでいつものニグラを飲みながら、キョウヘイが言った。
「お陰様で上々だよ。初めての時は、皆、飲み終わりに『ああ!』って言う。そのリアクションを待つのが秘かな楽しみになってるよ」
「それは良かった」
   サクラが居ない時は、キョウヘイは普通に喋る。「さすが俺」とか言わないんだ。
「ところで、サクラの占いの方は?」
   これも「インチキ占い」とかは言わない。相手がいない所では、悪く言ったり偉そうにしたりはしないのね、この人。
「それがね。SNSで偶然みつけたって言うサクラちゃんの大学時代の同級生が来てくれたんだけど、何だか酔っぱらってて、不思議な人だったわ」
「ふぅん」
キョウヘイはつまらなさそうに言った。
   続きを話そうとした時ママのエプロンのポケットがブルブルいいだした。
「あら、保護猫ボランティアの事務局の人だわ。ちょっとごめんなさい」
そう言って、ママは電話に出た。
「はい、キシダさん、お久しぶり。…ええ、大丈夫よ」
   ママはその場で電話の相手と話し始めた。
「まあ、パンフレットを見て入会を希望してくれた人が…、ええ、…ええ…、そう、それはありがたいわね。…ふぅん、そうなの。ええ、…ええ。…え?…その人…」
   5分くらいして電話を切った後、ママがキョウヘイに言った。
「さっき話してた占いのお客さん。保護猫ボランティアに登録してくれたそうよ」
   キョウヘイもマスターも、ポカンとしていた。私にも、正直、状況が読めない中、またしてもカーティスがドヤ顔で私の前を通り過ぎて行った。


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