棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

2-19章


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2-19章

「これ、マジで、ヤバくねぇ?」
「私、ずっと冗談だと思ってたわ」
 次の日の夕方、マリエのカウンターに並んで座ったキョウヘイとサクラは、サクラの手にしたスマホを一緒に見ながら、そんな言葉を交わしていた。
カオルちゃんはサクラみたいに大風呂敷を広げるタイプじゃないけど…」
「ホントに言ってた通りだったわね」
マスターとママも、カウンター越しにサクラのスマホを覗き込みながら、そう言って驚いていた。
「お前、ホントに猫なのか?」
珍しく、自称猫嫌いのキョウヘイが、丁度側を通りかかった私に話しかけてきた。
「二ャーオ」
(そうだけど、何か?)
一応最低限の礼儀で応対しながら、私は彼らの反応にすっかり呆れていた。
 何よ?猫が掃除機を好きだから何だって言うの?そんなの普通よ。常識よ。
 そんな外見的なことより、中身に驚いて欲しいんだけど。この動画で私が訴えている崇高なメッセージは、一体この人達にどのくらい伝わっているのかしら…。この様子じゃあ、まず無理そうね。
「昨日の夜、何気なくカオルとLINEしてたら、話の流れと関係なく、不意にこの動画が返ってきたのよ。前から話に聞いてはいたけど、掃除機のパワーがマックスでもこの余裕の表情が、何だかただ者じゃないなと思って…」
「まあ、それは良いとして…。俺がビックリしたのは、その動画を投稿したサクラのInstaへの世間の反響の方だ」
サクラとキョウヘイの会話を、マスターとママは
「これってつまり…」
「バズった、…ってことよね?」
とまとめてくれた。
 何だ。そういうことか…。
「しかも、この視聴者からのコメントが不思議なんだ」
「そうなの。『掃除機をかけられる猫なんて見たことない!』っていうのはまあ分かるけど、『この猫ちゃんのように、私も自分の意志をしっかりと持って生きていきたい』とか、『これからはグローバルな視野をもっと広げていこうと思った』とか、何か、たかがペット動画への反響とは思えないような、やけに真面目なコメントがすごく多いのよ」
キョウヘイとサクラは、そう補足した。
 そりゃ、そうよ。見る人が見ればちゃんと伝わるのよ、私のメッセージは。
 だけと、サクラがこんな風にイマドキの人で本当に良かった。時代の流れに疎いカオル一人に任せてたら、いつまで経っても私のメッセージは人々の目に触れることはなかったでしょうから。
 私の動画を、あの大きな国のリーダーも見れば良いのに。そうしたら、きっといつまでも今のままじゃダメだってことが切実に分かると思うけど…。でもダメね、彼はカオル以上にコンピューターに疎いそうだもの。昔の彼を知るという、アキタという場所に住む猫が、ネット上でそう言って憂いていたという事実を、私は思い出した。
 実は、私達の動画がネット上に拡散されて以来、ショウ君やアナスタシア以外にも、沢山のいわゆるペット達が、オンライン配信を続けている。いいえ、もしかしたら、私が知らなかっただけで、それ以前もそういった活動をしていたペットはいたのかも知れない。だけど、私達の配信が大きなムーブメントを巻き起こしたことは確かだ。

 

 次の日の朝、私はお庭で久しぶりにサビコに出会った。
「あら、久しぶり。元気にしてた?」
「ああ、こっちはぼちぼちだよ。あんたはしばらく会わないうちに、随分と有名になったらしいね」
何となく少しずつ仲良くなってきた私達は、自然に鼻チューを交わした。
「フネから聞いたわ。あんた、人間の道具を利用して、遠い国の猫や犬に自分の考えを伝えてるんだって?」
サビコは、半分呆れて半分感心してような顔で、私にそう言った。
「ええ、そうよ。外国だけじゃなく、勿論近場の動物達にも。あなたも吉田さんのリビングを覗いてごらんなさいよ。もしかしたら、私の配信を観られるかもしれなから」
私は、ニンマリ笑いながら、サビコにそう言った。
「一体どんなことを喋ってるのよ?」
サビコは、知りた気持ちを無理に抑えて、どうでもいい事のように私にそう尋ねた。
「それはね」
私は、彼女に伝わるように言葉を選んでこう言った。
「私達が住んでるのは、大きいようで実は小さな丸い星で」
これは、ショウ君から教わった事。
「その星の中には、色んな種類の色んな生き物が沢山いてね」
猫や犬や人間だけじゃなくね。
「皆、同じ時間を共有しているの。だけど、それ以外は皆違う、皆別々の存在なんだ、って事」
 その後、しばらく沈黙が続いた。
「…で?」
サビコが聞いた。
「それだけ」
「…それだけ?」
呆れたようにサビコが私の言葉を繰り返した。
「だけど、人間はすぐにその事を忘れてしまうの。そして、相手を自分の型にはめようとする。皆違うのに、全部をまとめて自分の色に染めようと。その結果、大きな争いが繰り返される」
サビコは、黙って私の話を聞いていた。
「それぞれが違ってるのは仕方がないこと。その違いを受け入れて皆がちょっとずつ我慢しながら暮らさないと、この星はもうそんなに長く生き物が暮らせる状態を保てないですよって、そんな話をしたのよ」
「ふぅん、そうなんだ」
サビコは、ちょっと考えてから
「それって、あたいとあんたの事みたいだね」
と言って小さく笑った。
「あっ、そうだ。こっちにも、ちょっとしたニュースがあったんだ」
サビコが急に思い出したようにそう言った。
「これは、私の勘だけど、多分間違いなく」
そう言いながら、サビコはちょっぴり優しい顔をした。
「もうじきフネが子どもを産むよ」
「最近姿を見ないと思ってたら…、フネちゃん、もうそんな年になったのね。赤ちゃんが産まれたら、またお祝いに行かないと。良いタイミングを教えてね」
私はヨネの出産の時の事を思い出しながらサビコにそう言った。
 不意に近くの草むらでコオロギが鳴き始めた。私が家猫になって三度目の秋が、もうすぐやってくるんだろうな。

 

「来月で一周年を迎えるアートプロジェクト、今回のテーマはいっそ思いきって『猫の祭典』ってことにしない?」
 その日の夕方、サクラがキョウヘイに話しているのが聞こえてきた。
「だから、俺は猫は嫌いだって言ってるだろ」
キョウヘイが無造作にそう言って却下すると、まわりにいた何人かのお客様は、一瞬チラッとキョウヘイの方を見た。
 そうね。こういうアンチな人もいるのよね。十人集まれば必ず二人はそういう人がいるもんだって、前にショウ君から教わったわ。
「だけどキョウ君、ここは猫カフェなのよ」
「分かってるよ。だからいつも我慢してんだよ」
 ああ、キョウヘイ。なんて可愛そうな人でしょう。私達の可愛さを未だに認められないなんて。何だかんだ言いながら、週のうちの半分はこの店にやって来るあなたは、誰がどこから見ても、もはや立派な猫好きよ。
「また今年も二十三日に開催するって言ったら、メイちゃん『今年は気を遣わないでくださいね』って恐縮してたわ。だから今回はサプライズにはならないわね」
とサクラが言うと
「彼女は遠慮深いのね。祝日生まれの特権なのに。今年はどんなケーキ焼こうかしら」
とママは、いつものペースでそう答えた。
ナカムラくんとイズミさんも来てくれるんだろ?今度はどんな曲をやってくれるのかな?」
マスターも、嬉しそうに厨房から出てきた。
 来月のアートプロジェクト、果たしてどんな会になるのか楽しみだわ。とうぞ、皆さんもお楽しみにね。

 


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