棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

17章


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17章

    モカと私達の時間は、あっという間に過ぎていった。 三日目の夕方、キョウヘイがモカを迎えに来ると、モカはちぎれそうなほど尻尾を振って、キョウヘイに飛びついた。

(兄ちゃん、兄ちゃん、会いたかったよ~)

  かがみ込んでモカを全力で撫でまわすキョウヘイも嬉しそう。あなた達一体何年ぶりの再会なの?と突っ込みたくなるくらいの勢いで

「よしよし、モカ君、良い子にしてたかい?ここの皆さんは優しい人ばっかりだっただろ?猫達とも上手く過ごせたか?」

と、キョウヘイは人間に言うようにモカに語りかけた。

(うん、兄ちゃんの言いつけ通り、僕、ずっと良い子にしてたよ。マスターもママもすごく親切で、お客さんにも可愛がられたし、なぜか猫達とも友達になっちゃった)

「そうか、そうか。よかったな、おまえ」

何となく通じる受け答えをキョウヘチは続けた。

(だけど、兄ちゃんと会えなくて、僕、ホントはすごく淋しかったんだ。それでも我慢して待ってた僕のこと、褒めて、褒めて、褒めて~)

「よ~しよし、モカ君は、良い子だな~」

キヨウヘイは、この前私がカオルと一緒にテレビで見た、動物王国のムツゴロウさんみたいになっていた。こういうの、サクラが前に言ってたツンデレっていうのかしら?動物を撫でてると段々変になってくるのは、猫を飼う人間も犬を飼う人間も同じね。 キョウヘイに連れられてモカが店の外に出る時、見送るママとマスターの真横にレイとカーティスは、行儀良く並んで座っていた。モカとの打ち合わせ通り、そのまましばらく店の外に出たけれど、二匹は、いかにも「別に、そんなに外に出たいわけじゃなかったし」って顔をしてる。ホントは今すぐ走って狭い路地に逃げ込みたい衝動を必死で抑えているのが、見ててかわいそうなくらい。だけど、そんな二匹を見てママは

「あらあら、あなた達、モカ君お見送りね?仲良くなったものね。また会わせてもらいましょうね」

と吞気なことを言っている。

(あんたのお陰で、何とか外への第一歩を踏み出せたぜ。ありがとよ)

レイは、モカにお礼を言った。

(また来なよ)

カーティスもそう言って尻尾を振った。

(ありがとう。猫の友達は初めてだけど、お陰で結構楽しく過ごせたよ。また兄ちゃんに連れて来てもらうから)

そう言って、モカはマリエを後にした。 (やれやれ、最初は嵐の様だったけど、過ぎてしまえば楽しい時間だったね)

ルチアーノが長いフサフサの尻尾を優雅に揺らしながら言った。

(ジャニスの催眠術のお陰だけど、一旦友達になってしまえば、犬も思ってたより悪くなかったわね)

オルガもグルーミングしながらそう言った。

  こうして、猫カフェギャラリーマリエに今までの静寂が訪れた。…と思ったのもつかの間、いつもより大きなドアベルの音を響かせて、その人は現れた。 裾が地面すれすれの花柄のワンピースを着たその人は

「占いもやって貰える猫カフェって、ここですよね?」

と開口一番マスターに尋ねた。 女の人、と言うより…まだ女の子、かな?そんなことを考えながら、私はいつものようにその人に挨拶をした。

(いらっしゃいませ。私はケイト。よろしくね)

そう言って椅子に座ったその人の膝に乗る私を、その人はじっと見ていた。

「うそ…。自分から…」 

見た目から想像するよりも低い声でそう呟くと、その人はしばらく放心したようになり、そして、次の瞬間

「かわいい~。ねこちゃ~ん!!!」

と叫びながら私を抱きしめた。 いつもの常連さん以上に高いその人のテンションに一瞬ひるんだけど、私は何とか逃げ出さずに彼女の膝の上に留まった。まあ、これもお仕事。良いわ、好きに抱っこさせてあげる。

「自分から抱っこさせてくれるなんて、あなた、神?」

その人は狂喜乱舞ながら

「猫ちゃん猫ちゃん、好き好き好き~」

と、私の身体に顔を埋めてクンクンと匂いを嗅いだ。

「うわぁ、お日様の匂い。だぁ~、たまんない!」

人間以外の動物のようなその人のリアクションに、他の猫達はドン引きしていた。

(すごい猫愛ね。犬よりも、こっちの方がホントの嵐だわ)

サリナが、抱きかかえられて身動き出来ない私を憐れむようにそう言った。

「ご注文はお決まりですか?」

というマスターの声かけに、その人はやっと我に返って、私を抱きしめる手の力をゆるめた。

「…すみません。私…猫カフェの猫をこんなに触りまくって…。自分から膝に乗ってきてくれたから、つい…」

「その子は特別愛想が良いんですよ」

和やかにマスターが言った。

「でも、ダメですよね、他の猫もビックリしちゃうし…。ごめんなさい、気をつけます…」

ちょっとシュンとしながらそう言うその人に

「ものすごく猫がお好きなんですね」

と、慰めるようにママが優しく声をかけた。

「子どもの頃、ずーっと家に猫がいたんです。姉妹の誰かが拾ってきてどんどん増えて」

と答える彼女に

「この店と同じだわ」

とママが笑ったら、その人も安心した顔をした。

「今は猫飼えないんです。子どもが猫アレルギーで…」

「あら、それは残念ね」

あっという間に常連さんのような気分にお客さんをさせるのは、ママの特技。        メニューを見て、アイスミルクティーを注文したタイミングを見計らって、その人の膝から私は降りた。

「こんな所に猫カフェがあるなんて、私知らなくて…。それにここ、他の猫カフェと違いますよね。どっちかと言うと、普通のカフェに猫がいるという感じで。何だかすごく良いですね。落ち着きます」

そう言いながら、その人は、ストローから甘くて良い匂いのする液体を啜った。

「あの…、占いって、今日はもう出来ないですよね?」

アイスミルクティーを半分くらい飲んだところで、その人がマスターに尋ねた。

「今日は占い師が居ないので無理ですね。基本的には予約していただくことになっています」

「そうですか…。じゃあ、仕方ないな。…なかなかこんな風に自由に出来る時間が取れなくて。今日はたまたま夫が子ども達を映画に連れ出してくれて、一人の時間ができたんですが…」

「そうでしたか…。お忙しいんですね」

「ええ…」

そんなやり取りをしていた所に、タイミング良くサクラがやって来た。

「おお、グッドタイミング。占い希望のお客様だぞ」

花柄ワンピースのお客さんはドアの方に振り返ってサクラを見た。二人の視線が絡み合った瞬間、店内の空気が微妙に変わった。サクラはニッコリ微笑んで

「こんばんは。占い師の オトハ です。お目にかかれて嬉しいです」

と、丁寧に挨拶をした。 花柄ワンピースのお客さんは

「こんな時間からでも、大丈夫ですか?」

と心配そうな顔で尋ねた。 サクラはチラリとマスターに視線を送り、マスターが頷くのを確認すると

「大丈夫ですよ。準備ができたらお呼びしますから、奥のお部屋にどうぞ」

と言い

「ケイトちゃん、よろしくね」

と、私を抱いてバックヤードに作った占いコーナーに入っていった。 何だか私には、サクラが別人のように見えた。占い師オトハの占いが、これから始まる。

「準備ができました。どうぞ」

占い師オトハと名乗るサクラが花柄ワンピースの女の人に声をかけると、

「よろしくお願いします」

と言って、彼女がバックヤードに設えた、金色の刺繍の施された茶色いサテンのカーテン越しにある占いコーナーの丸椅子に座ったので、私も、前の占いの時と同じように、お客さんの膝の上で丸まった。

「今日は、何についての占いをご希望ですか?」

サクラは、ゆったりとしたペースだがハッキリとした口調でお客さんに尋ねた。

「…あの、…あまり詳しく言わなくても良いですか?」

お客さんは、ちょっと気まずそうに、視線を左右に泳がせながらそう言った。

「ええ、お話になりたいことだけ、占いで知りたいことだけ伝えて下されば、それで十分です。勿論、秘密を守ることはお約束しますが、あなたがあなたの解決法を知ることが出来ればそれで良いわけですから」

「そうなんですね」

お客さんは、ホッとしたように大きく息を吐いた。

「だったら、安心しました。きっと、本当の事を言ったら軽蔑されると思うんで」

「軽蔑?」

不思議そうにサクラはお客さんの顔を見て、それからゆっくりと微笑んだ。

「どんな内容であれ、軽蔑すべき相談なんてありません。人が悩むのは、一生懸命生きている証ですから。悩みから目を逸らして自分を偽る事の方が、私にとってはむしろ軽蔑に値するわ」

   サクラの言葉を聞いて、お客さんはハッとしたように正面を向いた。 そして、静かな空気が辺りを包み、ゆっくりと彼女は語り始めた。


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