棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

12章

十二章

(カーティス、これもあなたが?)
   私が驚いて聞くと
(俺は何もしてないよ)
とカーティスは、うそぶいた。
(じゃあ、これ、どういうことよ?)
(それは、サクラ姐さんの言うように、あの人が『本来の自分』のやるべき事に気づいた、ってことなんじゃねぇの?)
   カーティスは、事もなげにそう言った。
(だって、あの人、俺達猫のことが大好きなんだろ?でも諸事情により一緒に暮らすことができない。なら、何でも良いから、ちょっとでも猫の近くにいられる方法を探す。たまたま、ここから持って帰った保護猫ボランティアのパンフレットを見た。それで登録を申し込んだ。それだけのこと。簡単じゃん?)
(何も、猫が好きだからっていきなり保護猫ボランティアやらなくっても、この店に来ればいつでも私達に会えるのに…)
(それは、占いの内容とあの人の性格がそうさせたんだろ)
   カーティスは自分の白い背中を舐めながらそう言った。このヒトは雄にしては無類の綺麗好きで、暇さえあればこうしてグルーミングしてる。だからいつも白くてピカピカ。
(白猫は清潔感が命だからな)
というのがこのヒトの口癖。ちなみに、左足の黒いソックス模様は、「他の白猫との差別化」を図るための重要な彼のチャームポイントなんですって。
   目立ちすぎて自然界では生きにくいタイプね。かと言って、目つきが悪いから、お客さんにはあまり可愛いとは言われない。彼自信、その方が都合が良いみたい。
(俺は、カワイイキャラで売ってるわけじゃないからね)
と、自分でも言ってるし。でも私のアドバイスに従って、人間からの信頼を得て、いつかは外に出て恋人ができる日が来るように頑張ってるの。
(それにしても、あの人、真っ直ぐな人だよな。サクラ姐さんの占いでそうなったのかも知れないけど)
と、カーティスは言った。
   そもそも人間は、物事を難しく考え過ぎる。見栄とか体裁とか条件とか思い込みとか、そういったことで物事の選択をいつも難しくしてる。それで、自分がホントは何がしたいのかってことが分からなくなってしまってるみたい。サクラの占いは、そういうこんがらがった頭の中を整理してあげたんだなって、今の展開を見てて何となく分かった。じゃあ、占い猫の私の役割は?…なんて、そんなこと難しく考える必要ないわね。とりあえず、私は客寄せ猫なんだから。
   私とカーティスがそんな話をしているところに、サクラがやって来た。
「え?キムラさんが保護猫ボランティアに?」
   ママからいきさつを聞いたサクラが驚いてそう言った。
「彼女、行動力があるのね。思い立ったら即実行、ってところは、さすがサクラちゃんのお友達ね」
  ママは素直に感心しながらそう言
た。
「ところで、サクラと彼女は大学のサークルつながりって言ってたけど、一体何のサークルだったんだ?」
マスターが何気なく尋ねた。
「ボランティアサークルよ」
サクラの答えを聞いたキョウヘイは露骨にのけ反った。
「えっ?この強欲サクラがボランティア?」
「だって、就活に有利かな?と思ったから」
サクラはシレッとそう言った。
「あっ、納得」
「でも、彼女はそうじゃなかったわ。昔から、何か使命感みたいな物をくすぶらせながら生きてる感じの人だった。まあ、それを考えたら、今回の保護猫ボランティアへの登録も理解できるわね」
サクラは感慨深そうにうなずきながらそう言った。

「あっ、そう言えば、今日って…」
レジの横の壁に掛けてあるカレンダーを何気なく眺めていたサクラが、慌ててキョウヘイの方を見てそう言った。
「えっ?今日って…、何かの日だっけ?11月22日、…良い夫婦の日?」
「まあ、それもあるけど、…ほら…」
「…ああ!」
しばらく考えてからそう叫んだキョウヘイも、何だか慌ててている。
「ごめん、うっかりしてた!」
「いつも二人で百合の花を送ってたのに」
「良いのよ。二人とも、今まで20年間もずっとありがとう」
穏やかに微笑みながらママが言った。
「二人とも、ホントにありがとう。正直、お前達がいてくれたから、俺達もここまで来れたんだ」
マスターも、優しく微笑みながらそう言った。
その後、しばらくその場はシンとしていた。皆、黙ったまま、何かを思い出しているようだった。
「あの日から20年か。長かったな」
キョウヘイがボソッと言った。
「そうね、20年… 」
普段良く喋るサクラも、急に静かになった。
「だけど私、この店が出来て、看板見た時、何だか安心しちゃった」
わざとはしゃいだようにサクラが言った。
「そう、俺も」
いつになく素直にキョウヘイはサクラに同調した。
   何だか不思議、この空気。皆、何か、まるでいたわり合うように静かにそっとそこにいた。何だか鼻の奥がツンとするような、不思議と切ない気分になって、何故だかわからないけれど、私は妙にママにスリスリしたくなった。
(ママ~)
   私がママに擦り寄ると、ママは優しく私を膝に抱き上げてくれた。
ママの膝に乗ると、私は急に眠くなってしまった。
   そして私は夢を見た。

   一面の色とりどりの花畑の中で、小さな女の子が、私を見つけて嬉しそうに笑っている。
「猫ちゃん、遊ぼ」
そう言いながら精一杯走ってくるから、取りあえず最初は逃げてみる。追っかけっこしながら花の香りを一杯吸い込んで、何だか楽しいわ。女の子も笑ってる。
「つかまえた」
いつの間にか、私は女の子の腕の中にいる。小さな手で私の頭を撫でる女の子は、甘いお菓子のような匂いがする。
「猫ちゃん、猫ちゃん、大好きよ」
そう言って女の子は私の頭を撫でる。見たことのないこの子のことが何だか私も好き。甘い香りに包まれて幸せな気持ちになれる。
「マリエ!マリエ!」
ママの声がしてふと見上げると、私を抱っこしていた女の子は、いつの間にかママに代わっていた。そこは白い部屋だった。
   ママは泣いていた。一杯一杯涙が落ちて床にドンドン溜まって部屋の中が水槽みたいになってきた。ママの他にも沢山の人がいて皆黒い服を着てて、部屋の真ん中には長細い木の箱がある。あっ、この場面…、おばあさんが連れて行かれた時と似てる。ママの涙はドンドン水かさを増して、私もママも皆その中に飲み込まれてしまった。水槽のようになった部屋の薄水色の涙の海の中で、私を抱きしめたまま
「マリエ!マリエ!」
とひたすら叫びながら、ママはずーっと泣いていた。涙の海は塩辛いけど、中では普通に息が出来る。ママの涙の海の中にいたら、私もママと同じように悲しくなってきた。涙の海の中では涙は流れない。ただただ悲しい気持ちに包まれて、私はママと一緒にそこにいた。

「マリエちゃん、生きてたら24歳になるのね」
サクラの声で目覚めると、私はさっきと同じ体勢でママの膝の上にいた。
「きっといい女になってただろうな」
キョウヘイが言った。
「何か、キョウ君が言うとイヤラシく聞こえるわ」
「何だよ、人のこと変態みたいに言いやがって」
「あれ?違ったっけ?常に女のことしか頭にないくせに」
「なにを?…確かにそうだけど…、こんな所で、お前、…それ言うか?」
   空気はいつの間にか元に戻っていた。サクラもキョウヘイもママもマスターも、皆笑っていた。
「私、この子達に救われたのよ。マリエが突然亡くなって丁度49日の朝、空き地で子猫を拾ったの。あの子が帰って来てくれたような気がして、すぐに連れて帰って育てたわ。その猫は半分野良だから、外に出て行っては、仲間を連れて帰って来た。その時期の猫達は今はもういないけど、今と同じ総勢7匹の猫の世話をしていたら、私の中に段々と普通の日常が戻ってきたの」
ママはそう言いながら私の頭を撫でた。ママの心の中の深い悲しみを思いながら、私はママを見上げた。
「ケイトちゃん、ありがとう」
ママはそう言って心からの笑顔を私に投げかけた。夢の中で、私はママの心とつながった。


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