棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

2-11章


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2-11章

「皆さんで捕まえてくださったんですね!ありがとうございます!」
 メイちゃんは、急な坂道の途中の、駐車が困難だと来る人皆に言われている、我が家のガレージにスルリと停めた車の中からそう言った。
「あら、今日はご主人は一緒じゃないのね?」
カオルがそう尋ねると
「それが、急に仕事が入ったとか言って、さっき出掛けて行ってしまったんです。それも、大きい方の車に乗って。あれ程、今日は猫達のお迎えに行くから空けといてね、って言ってたのに…」
メイちゃんは、よくぞ聞いてくれました、とばかりに、カオルに夫の愚痴を言った。
「あの人、いつもこうなんです。上司の命令は絶対だと思ってて、家族の迷惑を省みないから。私の負担なんて考えてないんです!」
メイちゃんの良く通る声は、中二階のお部屋の中にいる私の耳にもしっかり聞こえてきた。
「まったくもう…」
一人でプリプリ怒りながら車を降りたメイちゃんは、駐車スペースを作るためにガレージからお向かいのトヨダさんのお庭に移動させてもらっていたケージの中のヨネと子猫を見て
「わぁ!」
と喜びの声を上げた。
「かわいい!」
「にゃんにゃん、かわいー!」
男の子も、メイちゃんと同じように嬉しそうにそう言った。
 ケージの中のヨネと子猫は、捕獲直後は興奮して鳴き叫んでいたが、この頃にはそれにも疲れて、ケージの中のトイレの砂をベッド代わりに、二匹で寄り添って丸まっていた。
「ホントに捕まったんだ。…これから、夢の猫との生活が、ついに始まるんだわ」
メイちゃんは、まだ信じられないといったふうに目をパチパチさせながら、ケージの中のヨネと子猫を見ていた。
「しばらくお家で飼ってみて、やっぱり息子さんのアレルギーとかの問題が出たら、遠慮せず返しに来てくださいね。母猫は避妊さえしてしまえば地域猫として面倒みれますし、子猫の方も人間に慣れさえすれば、他の貰い手が見つかるだろうから。くれぐれも無理しないでね」
カオルはメイちゃんにそう言った。
「ありがとうございます。でも、きっと大丈夫です。この子も、かなり体が丈夫になってきたから。犬を飼ったことも良かったんだと思います」
メイちゃんは、男の子の頭を優しく撫でながら満面の笑みでそう言った。
 メイちゃんは、一瞬で気分が変わる。特に、私達猫を見ると、日常生活の色々な煩わしいことが一瞬でどうでも良くなって、ただただ幸せで一杯になるらしい。猫カフェマリエのお客様はそういう人が多いけど、特に彼女の猫愛は格別だ。
 私達猫の存在そのものが、誰かの幸せに直結してる。私達がただそこにいるということ自体が、誰かを幸せにしている。きっと、ヨネと子猫はこれからこのメイちゃんの元で、ずっと、彼女に幸福感を与え続ける存在になるのね。
 メイちゃんの小さな車の後部座席にケージを積み込むために、ショウ君パパがメジャーであちこちの長さを計っている間に、カオルが私を連れに来た。
「さあケイト。ヨネや子猫と、お別れしなさい」
 そうカオルに促されて私がお外に出ると、一旦大人しくなっていた子猫が再び騒ぎだした。
「ニャー!ニャー!」(ケイト!助けて!)
「ニャー!ニャー!ニャー!!」
(嫌だ!僕、行かないよ!)
(……)
私は何も答えずに、黙って二匹を見ていた。
「ニャー!ニャー!二ャー!ニャー!!」
(嫌だよ!ケイト!僕、ずっとここでケイトと一緒に遊びたいんだー!)
チビは私に向かってそう叫んだ。
(何言ってるの?あなたは今日からお家猫になるのよ。それに、私、あなたとなんか遊ばない。だって私、子猫になんて、もともとちっとも興味ないんだもの)
私はクールにそう言った。ホントは逆の気持ちだったけど、その時は、そうでも言わなきゃ、私も泣いてしまいそうだったから。
「ニャーー!!!」(ケイトのバカー!!!)
鳴き続ける子猫とヨネの入ったケージは、そこに居合わせた皆の協力によって、メイちゃんの小さな車の中にピッタリと収まった。
 念のため、ショウ君パパが紐で柵をシートに結びつけて揺れないように固定した。
「それでは皆さん、本当にありがとうございました。この子達、きっと大切に育てます!」
 メイちゃんとその息子は、車の窓を開けて皆に手を振って笑顔で挨拶し、水色のかわいい車は、滑るように坂道を下って行った。
「…行っちゃったね…」
カオルが私を抱き上げてそう言った。ショウ君パパとママも、ナガサワさん夫妻も、トヨダさんの奥さんまで家から出てきてメイちゃんの車を見送った後、誰もがチョッピリ無口だった。「良かったね」と「淋しいね」が混じり合ったその時の気持ちは、私も含め、そこにいた皆がきっと同じだったと思う。

 

「まぁ。この子、こんなに大人しくお風呂に入れてもらって…」
それから数日後、スマホの画面を見ながら、マリエのヨシエママが嬉しそうに言った。
 ヨネと子猫の捕獲を機に、メイちゃんとカオルはすっかり意気投合したようで、メイちゃんは、しょっちゅうヨネと子猫の映像をカオルのスマホに送ってくる。メイちゃんの了承を得て、カオルはその映像を、今回の一件に関わった皆にも転送していた。
「この子、ナナオって名前を付けてもらったんですって」
カオルは子猫の動画を見ながらそう言った。
 チビのナナオはそのうちすぐに、ヨネより大きな長毛の雄になるだろう。ナナオはショウ君のようなカッコいい成猫になるのかしら?
 ナナオはお風呂が好きみたい。それは、私の掃除機好きと同じくらい猫としては珍しいみたいで、メイちゃんは、ぬいぐるみのようにされるがままのナナオの動画を、沢山カオルに送ってきた。
「ほら、ケイト。子猫のナナオはお風呂嫌いのケイトとは大違いよ」
カオルは私にスマホを見せ、私は一心にその画面を見つめた。
 入浴シーンが終わると今度はタオルとドライヤーで毛を乾かしてもらっていた。ナナオはドライヤーは苦手らしく、二ャーニャー言いながら水しぶきを撒き散らして家中を走り回っていた。
 こうしてメイちゃんにしっかり手をかけてもらいながら、ナナオは野良から家猫に変わって行くんだろうな。きっとそのうち家の中の快適な生活に慣れて、代わりに外の暮らしの事は忘れて行くの。棗坂のことも私達のことも。ナナオにとってはそれが一番。そうよ、これが一番良かったのよ。
 私が自分に言い聞かせるようにそう考えていると、
(ヤッホー、ケイト。元気~?)
と画像の向こうから、ナナオの声が聴こえてきた。
(え?何?どういうこと?)
驚いた私の反応とは無関係に、画面の向こうのナナオは話し続けた。
(お母さんが、この板に向かってお話ししたら、きっとケイトに届くはずって言うからさ。だから、僕、一方的に喋りまーす)
 これって、いわばビデオメッセージってところかしら?ヨネも良く考えついたものだわ。名前に似合わずハイテクを駆使したヨネの機転に感心しながら、私はナナオのビデオメッセージを凝視した。
(こっちの生活は、意外にすごく楽しいよ。ここのママは僕達のことムチャクチャ好きみたいで、とっても可愛がってくれるの。さっき初めてお風呂に入ったけど、お湯が超気持ち良くって、僕、体洗われながら寝ちゃったよ。だけど、その後のドライヤーっていうヤツにはビックリだった。ガーガー叫びながら生暖かい突風を吹きかけてくるの。まあ、それ以上は何もしてこないから、慣れればどうってことないけどね)

 ナナオは、近況を尚も喋り続けた。
(ここにはゴローって名前の犬もいてね。毛が短くて顔の皮がダブダブしてて見た目は不細工なんだけど、とっても優しい良いヤツなんだ。僕が猫パンチしても全然抵抗しないし、ゴローも、僕達のこと好きみたい。でも、お母さんは、まだゴローのことは、苦手みたいだけど)
更にナナオのメッセージは続く。
(それから、ケイト…。バカって言ってご)
そこで、突然ビデオメッセージは終了した。
 良かった。ナナオは、ホントに幸せそう。ヨネはチラッとしか動画に写ってなかったけど、あのヒトは性格的にお家が合ってるのは言うまでもない。
 嬉しくなってニンマリ笑っていると、カオルが
「メイちゃんが、たまにはケイトちゃんやマリエの他の猫ちゃん達の動画も送ってください、って。おっ、ケイト、その顔すごく良いわよ」
と、私に向かっていきなりスマホを構えてきた。
 よし、それなら、私も…。
(ハーイ、チビのナナオとヨネ。お元気そうで何よりだわ。私もすこぶる順調よ)
 
 こうして、一年で一番気持ちの良い季節は終わろうとしていた。

 


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