棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

2-14章


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2-14章

「おい、皆。今日はどうしたんだ?」
 ランチの準備を終えて、私とオルガとルチアーノ以外の猫達をバックヤードに撤収しようとしたマスターは、いつもとは違ってその場から離れようとしない他の猫達の様子に、不思議そうに首をかしげた。
「ほら、エリック。おやつの時間だぞ」
マスターにそう促されると、エリックは
(折角だけど、僕達今、ちょっと取り込んでてね…。あっ、でもおやつはちゃんと後でもらうから、置いといて)
と、マスターの方をチラッと見て
「ニャ~オ」
と返事だけ返した。
 ジャニスもカーティスもマスターの呼び掛けに反応せず、サリナはいつもの定位置から降りて来ようともしなかったので、マスターは
「まあ、いいか。こいつらも、今じゃ随分落ち着いてるしな」
と呟くと、猫達が出入り出来るようにバックヤードの入り口を少しだけ開けて、忙しそうに厨房に戻っていった。
(皆、これから私の言うことをよく聞いて)
そう言って、私は手短かにさっき浮かんだばかりのプランを皆に発表した。

(え?それって要は、お客さんのスマホを介して、メッセージを全世界に拡散するってこと?)
私の話を一通り聞き終わると、ルチアーノがそう言った。
(さすがルチ。飲みこみが早いわね)
(それも、先ずは僕達猫の仲間に協力を要請するって?)
(そう。仲間が多い方が効果的でしょ?)
エリックの質問にそう答えると
(そもそも猫がスマホなんて見るかしら?)
と、サリナが怪訝そうに言った。
(だって、現に今だって、私達、スマホを介してナナオの状態を把握してるじゃない?)
私は説明を補足した。
(今、猫好きの多くの人間は、スマホで撮影した私達の動画をネットで配信するわ。その動画を、お家のパソコンやテレビ画面で視る人も沢山いる。私の知る限り、猫好きは自分の飼い猫以外の猫動画も結構視たがるものなの)
だって、カオルがそうだもの。
(その傍には、当然そのお家で飼われている猫や犬もいる。その子達に、私達のメッセージを伝えて賛同が得られれば、今度はその子達が新たな発信者になって、情報は拡散していく)
皆の目付きが真剣になった。
(で…、具体的に何をどう伝えろって言うんだ?)
と、カーティスはまだ、私の意図するところを図りかねているみたいだ。
 私は、自分自身に言い聞かせるように、言葉を続けた。
(各自、自分の思い思いのやり方て自分を表現すれば良いと思うの。ただ一点、私達猫や犬…いわゆるペットという存在は、人間の思考を変えられるほどの大きな力を持っているってことを、皆に伝えてほしいの)
私の斬新過ぎる発言に、皆、目が点になっていた。
(どういうこと?全然意味分かんない…)
ジャニスが、絞り出すような声でそう言った。
(人間は皆、私達ペット…この呼ばれ方あんまり好きじゃないけど、この際まあいいわ…、とにかく、人間は私達の事が可愛くて仕方がないのよ。その私達が、この最大の武器、つまり可愛さをフルに活用すれば、もしかしたらこの世界が変わるんじゃないかって、私は思うの)
私は、話し続けた。
(今、この瞬間も世界のどこかで争いが起こってる。すごい大がかりな仕掛けで、人間同士が殺しあってるの。だけど、その一方で、人間は、私達ペットを溺愛してもいる)
私の話を皆、真剣に聞いていた。
(愛と憎しみの両方のエネルギーで世界が動いている。だけど、そのバランスが愛の方に傾いたら、どんなことになるんだろうって、私、思ったの)
(どうなるのかしら?)
オルガがグリーンの瞳を輝かせた。
(きっと、人間は戦う気力を失うと思うの。可愛い猫を撫でながらミサイルの発射ボタンを押すことはできないはずだわ)
(要は、俺たちの可愛さで…って、そこは俺の目指す所じゃないけど…。とにかく、それで人間の戦意を喪失させようって魂胆だな)
カーティスが、勢いよくそう言った。
(そうよ、カーティス、その通り)
 大きく深呼吸して私は宣言した。
(名付けて「可愛いで世界を変えよう」プロジェクトよ!)
みんな、目を丸くしていた。
(ケ、ケイト…、また随分大きく出たね…)
ルチアーノは、ちょっと後ずさりながらそう言った。
(でも、何だか面白そう。私達の可愛さをアピールする絶好のチャンスだし)
「ブサカワ」というワードを知って以来すっかりコンプレックスを克服したジャニスは、そう言ってウインクした。
(僕、食レポするよ)
とエリック。
(じゃあ、私は…。愛されるマナー講座とか、どうかしら?)
オルガも、お茶目にそう言った。
(可愛いってのはどうも苦手だけど…。でも、そうやって人間を俺たちの思うように動かすことが出来るっていうのは、何か面白そうだな)
カーティスも乗り気だ。
 少し間を置いて
(かっ、可愛くしなきゃ、…やっぱりダメ?)
と、サリナがおずおずと私に尋ねた。
(サリナの場合は、今まで通り皆とは別の路線で行きましょう。何事にも例外は付き物よ)
 確か昨日ミスズさんは、少しでも多くの人が幸せになる方法を考えて実践していれば、願いは叶いやすくなるって言ってたもの。ナナオの病気が良くなることと世界平和を訴えることは、私達の中ではもはや一つの物となっていた。

 しばらくすると、ランチのお客様でお店は混雑してきた。
「あれ?ここの猫、急に増えた?」
ランチ専門のお客様は、そう言って驚いていた。
(先ずは、私がやってみるわね)
皆にそう告げると、私はオーダーを終えてスマホを見ているお客様の足元に擦りよった。
「ハーイ、ケイトちゃん。今日も可愛いね」
ランチタイムの常連のこのお兄さんは、常にスマホを触ってる。いつも色んな写真や動画を見ているし、確か以前、このお店の猫達の動画をネットにアップしても良いかって、マスターに聞いてたはず。
 私はその人の足元にゴロンと転がって、前足を曲げた状態、いわゆる「にゃんこポーズ」で仰向けに寝っ転がった。
「おっ、ケイトちゃん、いきなりヘソ天か?」
お兄さんは、スマホを私に向けてきた。
(いいわ、お兄さん。写真じゃなくて、是非、動画をお願いね)
「ニャ~ォン」
可愛い声を出して、店に流れる陽気なカンツォーネのリズムに合わせて、私はコロコロ床の上で何度も寝返りをうった。
「何だか踊ってるみたいだな」
そう言って、お兄さんのスマホは私の動きを追い始めた。
 可愛いポーズのまま、私は画面に向かって訴えた。
(この動画をご覧の、全世界の、猫さん犬さんを始めとするペットの皆さん。初めまして、ケイトです)
先ずは、自己紹介からね。
(私はこの場をお借りして、皆さんにお伝えしたいことがあります)
可愛いポーズで真面目な事を喋るのは、結構難しいわ。
(世界は今、混乱の最中にあります。災害とか、戦争とか、それに伴う物価の高騰とか、色んなことで、私達の飼い主である人間は皆、疲れきっています。そんな人間達を、私達の可愛い姿を見せることで、しっかり癒してあげましょう)
なるべく分かりやすい言葉で、私は話し続けた。
(私達の可愛い姿を見ると、人間は皆、優しい気持ちになります。優しい気持ちの人が増えると、この世界は平和な楽園になります。皆さん、私達の可愛さで、この地球を、皆が笑顔で暮らせる場所に変えていきましよう)
ちょうど私がここまで喋り終えたところで、お兄さんのテーブルに日替わりランチが運ばれ、彼は撮影をやめて食事を始めた。
(先ずは、こんなところかしら?)
私の姿に皆は感心し、口々に褒め称えた。
(ケイト、すごいわ。よく台本もなしにそんなに上手く喋れるわね)
(そのポーズと演説内容のギャップが最高!)
オルガとカーティスがそう言った。
(人間がどのタイミングで僕達の動画を撮り始めるか、そして突然止めるのか、予測が立たないのが難点だね)
エリックがそう言った。
(だから、常に何を話すか考えて、短くまとめておかなくっちゃね)
ジャニスは既に、すっかりやる気満々だ。
(楽器を使ったパフォーマンスで注目を集めるのも手だね)
とルチアーノ。
(それに合わせて喋るだけなら、私にも出来るかも…)
とサリナが言った。
(よし、じゃあ、今度は私)
ジャニスも、さっきの私を真似て、スマホを触っている若い二人組の女性客にすり寄って行った。
(わー。猫ちゃん来てくれたの~?可愛い~)
ジャニスを彼女達のスマホが追った。
(ジャニス、静止画像じゃなくて動画を撮らせたいから、しばらくその場で動き回って。そうそう、可愛い声でしっかり鳴いて)
私は、ジャニスに声援を送った。
 ジャニスは、二人のスマホに交互に顔を近づけながら、こんなトークを展開した。
(ハーイ。皆、こんにちは。私はジャニス。よろしくね)
 あら、この子、随分ノリが良いわね。
(今日は私、皆に猫の可愛さについて、レクチャーしちゃいまーす)
ジャニスは、スマホの画面スレスレに鼻を近づけながらそう言った。
(私のこの顔、皆はどう思う?この鼻に半分かかった輪っか模様…。正直、ブサイクって思ってるお友達もいるよね?良いよ、ホントのこと言って。私も前はずっとそう思ってたもん)
ジャニスは、ずっと前からの友達に話すように親しげに、ボブカットの女性客の差し出すスマホに向かって話し続けた。
(だけどね。ある時、超可愛い子から、私、教えてもらったの。猫の可愛さは、見た目三割性格七割だって。それと、ブサカワっていう新しい言葉もね)
ジャニスは、得意のウインクをした。
(皆、自分の容姿を悲観しちゃダメだよ。元々可愛い子も私みたいな模様の子も、皆それぞれかけがえのない特別な存在。その事を忘れないで、明るく親しみやすくをモットーに、人間と仲良く暮らすの。そしたら、どんな猫でも必ず人間から愛されるようになるんだよ)
ジャニスは更に言葉を続けた。
(人間の愛でこの地球上が一杯になったら、そして全ての猫が誰かに愛される時代が来たら、きっとこの世界は最高にハッピーな場所になるよ。皆、私のこのメッセージを、他のお友達にも伝えてね。また今度、別のメッセージを送るね。最後まで聴いてくれて、ありがとう。皆、大好きだよ!)
 まるで、アイドルのコンサートのラストさながら、ジャニスは、一分少々の短い時間で、自分の言いたいことをスマホに向かって話しきった。そして、しばらくもう片方のショートカットの女性客の足元で甘えてから、私達の所に帰ってきた。
(ジャニス、いつの間にあんな特技を身に付けたの?)
私は嬉しい驚きと共に彼女を迎えた。
(だって、いつも身近にお手本が居るんだもん)
ジャニスは、長い尻尾で私の尻尾にハイタッチして、バックヤードに入って行った。
(ハイ。じゃあ、次は僕)
そう言って、今度はエリックが一人でランチを食べている、優しそうな初老の男の人の所に行った。
「あれ?どうしたの?」
男の人の食事する姿をその足元でジトーっと見つめたまま、エリックは大人しくそこに座っていた。
「ねえ、猫ちゃん。そんな風に食べる所を見られてると、僕、すごーく食事しにくいんだよね」
男の人は、エリックにそう話しかけた。
「君も、ご飯食べたいの?」
「ニャ~ン」
エリックはとびきり甘えた声で、男の人に返事をした。
「そうなんだ。だけどさ、人間の食事を君にあげるわけにはいかないだろ?ほら、このハンバーグとか、玉ねぎ入ってるしね」
男の人はしばらく考えてから、他のお客さんにランチを運んできたママに頼んで、猫のおやつを持ってきてもらった。
「はい、どうぞ」
カップに入ったウエットフードを差し出され、エリックは、極上の鳴き声で男の人にお礼を言った。
「ニャーオーン」(ありがとう。いただきまーす)
「ウニャウニャウニャウニャ」
(あー、美味しい!このフード、最高!)
「君、面白い声出して食べるんだね」
そう言って、男の人はスマホでエリックの食事風景を撮影し始めた。
(よし)
するとエリックは、パッと顔を上げて、スマホに向かってこう語った。
(皆さんこんにちは。僕、エリックです。今日は、棗坂商店街の猫カフェ マリエからこの映像をお届けしてまーす)
 何だかこのヒトも、随分慣れた雰囲気だわ。
(僕が今食べてるこのフード、多分日本の某大手メーカーが出してる物なんだけど、カツオとマグロと今僕が食べてるサーモンのがあるんだ。それぞれ違った美味しさなんだけど、僕はこのサーモンが大好き)
エリックは、何口かフードを口にして、いかにも美味しそうに目を細めて、尚もこう語った。
(この芳醇な香りと、サーモン特有のちょっと癖のあるこくと旨み。あー、たまんない!)
エリックの食レポは素晴らしく、いつものおやつが特別なご馳走のように思えるから不思議。
(だけど、僕には最近ちょっと心配な事があるんだ。聞くところによると、今、ロシアへの経済制裁によって、日本における鮭の輸入量が極端に減ってるって。もしそれがホントなら、そのうちこのメーカー、サーモン味のキャットフードを作らなくなっちゃうかも。そうなったら僕、とっても悲しい)
エリックの話は続いた。
(だから皆にお願いがあるの。争いの絶えないこの世界が平和になるように、皆も一緒に願って欲しいんだ。僕達の願いは、きっと何らかの形で人間にも届くと思うから。僕達ペットも人間も、この地球上の同じ仲間だから、人間の起こしてる色んな問題は、僕達ペットにとっても他ニャン事じゃないんだ)
ここまで喋るとエリックは
(ごめんね。話がちょっと重くなっちゃった。だけど、僕が一番言いたかったのは、この世界は皆繋がってるってことと、美味しいご飯を食べられることは誰にとっても幸せだってこと。皆も美味しくお食事してね。今度はドライフードの食レポしまーす。それじゃあ、またね~。バイバ~イ)
と言って、話を締めくくった。

 


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