棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

2-19章


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2-19章

「これ、マジで、ヤバくねぇ?」
「私、ずっと冗談だと思ってたわ」
 次の日の夕方、マリエのカウンターに並んで座ったキョウヘイとサクラは、サクラの手にしたスマホを一緒に見ながら、そんな言葉を交わしていた。
カオルちゃんはサクラみたいに大風呂敷を広げるタイプじゃないけど…」
「ホントに言ってた通りだったわね」
マスターとママも、カウンター越しにサクラのスマホを覗き込みながら、そう言って驚いていた。
「お前、ホントに猫なのか?」
珍しく、自称猫嫌いのキョウヘイが、丁度側を通りかかった私に話しかけてきた。
「二ャーオ」
(そうだけど、何か?)
一応最低限の礼儀で応対しながら、私は彼らの反応にすっかり呆れていた。
 何よ?猫が掃除機を好きだから何だって言うの?そんなの普通よ。常識よ。
 そんな外見的なことより、中身に驚いて欲しいんだけど。この動画で私が訴えている崇高なメッセージは、一体この人達にどのくらい伝わっているのかしら…。この様子じゃあ、まず無理そうね。
「昨日の夜、何気なくカオルとLINEしてたら、話の流れと関係なく、不意にこの動画が返ってきたのよ。前から話に聞いてはいたけど、掃除機のパワーがマックスでもこの余裕の表情が、何だかただ者じゃないなと思って…」
「まあ、それは良いとして…。俺がビックリしたのは、その動画を投稿したサクラのInstaへの世間の反響の方だ」
サクラとキョウヘイの会話を、マスターとママは
「これってつまり…」
「バズった、…ってことよね?」
とまとめてくれた。
 何だ。そういうことか…。
「しかも、この視聴者からのコメントが不思議なんだ」
「そうなの。『掃除機をかけられる猫なんて見たことない!』っていうのはまあ分かるけど、『この猫ちゃんのように、私も自分の意志をしっかりと持って生きていきたい』とか、『これからはグローバルな視野をもっと広げていこうと思った』とか、何か、たかがペット動画への反響とは思えないような、やけに真面目なコメントがすごく多いのよ」
キョウヘイとサクラは、そう補足した。
 そりゃ、そうよ。見る人が見ればちゃんと伝わるのよ、私のメッセージは。
 だけと、サクラがこんな風にイマドキの人で本当に良かった。時代の流れに疎いカオル一人に任せてたら、いつまで経っても私のメッセージは人々の目に触れることはなかったでしょうから。
 私の動画を、あの大きな国のリーダーも見れば良いのに。そうしたら、きっといつまでも今のままじゃダメだってことが切実に分かると思うけど…。でもダメね、彼はカオル以上にコンピューターに疎いそうだもの。昔の彼を知るという、アキタという場所に住む猫が、ネット上でそう言って憂いていたという事実を、私は思い出した。
 実は、私達の動画がネット上に拡散されて以来、ショウ君やアナスタシア以外にも、沢山のいわゆるペット達が、オンライン配信を続けている。いいえ、もしかしたら、私が知らなかっただけで、それ以前もそういった活動をしていたペットはいたのかも知れない。だけど、私達の配信が大きなムーブメントを巻き起こしたことは確かだ。

 

 次の日の朝、私はお庭で久しぶりにサビコに出会った。
「あら、久しぶり。元気にしてた?」
「ああ、こっちはぼちぼちだよ。あんたはしばらく会わないうちに、随分と有名になったらしいね」
何となく少しずつ仲良くなってきた私達は、自然に鼻チューを交わした。
「フネから聞いたわ。あんた、人間の道具を利用して、遠い国の猫や犬に自分の考えを伝えてるんだって?」
サビコは、半分呆れて半分感心してような顔で、私にそう言った。
「ええ、そうよ。外国だけじゃなく、勿論近場の動物達にも。あなたも吉田さんのリビングを覗いてごらんなさいよ。もしかしたら、私の配信を観られるかもしれなから」
私は、ニンマリ笑いながら、サビコにそう言った。
「一体どんなことを喋ってるのよ?」
サビコは、知りた気持ちを無理に抑えて、どうでもいい事のように私にそう尋ねた。
「それはね」
私は、彼女に伝わるように言葉を選んでこう言った。
「私達が住んでるのは、大きいようで実は小さな丸い星で」
これは、ショウ君から教わった事。
「その星の中には、色んな種類の色んな生き物が沢山いてね」
猫や犬や人間だけじゃなくね。
「皆、同じ時間を共有しているの。だけど、それ以外は皆違う、皆別々の存在なんだ、って事」
 その後、しばらく沈黙が続いた。
「…で?」
サビコが聞いた。
「それだけ」
「…それだけ?」
呆れたようにサビコが私の言葉を繰り返した。
「だけど、人間はすぐにその事を忘れてしまうの。そして、相手を自分の型にはめようとする。皆違うのに、全部をまとめて自分の色に染めようと。その結果、大きな争いが繰り返される」
サビコは、黙って私の話を聞いていた。
「それぞれが違ってるのは仕方がないこと。その違いを受け入れて皆がちょっとずつ我慢しながら暮らさないと、この星はもうそんなに長く生き物が暮らせる状態を保てないですよって、そんな話をしたのよ」
「ふぅん、そうなんだ」
サビコは、ちょっと考えてから
「それって、あたいとあんたの事みたいだね」
と言って小さく笑った。
「あっ、そうだ。こっちにも、ちょっとしたニュースがあったんだ」
サビコが急に思い出したようにそう言った。
「これは、私の勘だけど、多分間違いなく」
そう言いながら、サビコはちょっぴり優しい顔をした。
「もうじきフネが子どもを産むよ」
「最近姿を見ないと思ってたら…、フネちゃん、もうそんな年になったのね。赤ちゃんが産まれたら、またお祝いに行かないと。良いタイミングを教えてね」
私はヨネの出産の時の事を思い出しながらサビコにそう言った。
 不意に近くの草むらでコオロギが鳴き始めた。私が家猫になって三度目の秋が、もうすぐやってくるんだろうな。

 

「来月で一周年を迎えるアートプロジェクト、今回のテーマはいっそ思いきって『猫の祭典』ってことにしない?」
 その日の夕方、サクラがキョウヘイに話しているのが聞こえてきた。
「だから、俺は猫は嫌いだって言ってるだろ」
キョウヘイが無造作にそう言って却下すると、まわりにいた何人かのお客様は、一瞬チラッとキョウヘイの方を見た。
 そうね。こういうアンチな人もいるのよね。十人集まれば必ず二人はそういう人がいるもんだって、前にショウ君から教わったわ。
「だけどキョウ君、ここは猫カフェなのよ」
「分かってるよ。だからいつも我慢してんだよ」
 ああ、キョウヘイ。なんて可愛そうな人でしょう。私達の可愛さを未だに認められないなんて。何だかんだ言いながら、週のうちの半分はこの店にやって来るあなたは、誰がどこから見ても、もはや立派な猫好きよ。
「また今年も二十三日に開催するって言ったら、メイちゃん『今年は気を遣わないでくださいね』って恐縮してたわ。だから今回はサプライズにはならないわね」
とサクラが言うと
「彼女は遠慮深いのね。祝日生まれの特権なのに。今年はどんなケーキ焼こうかしら」
とママは、いつものペースでそう答えた。
ナカムラくんとイズミさんも来てくれるんだろ?今度はどんな曲をやってくれるのかな?」
マスターも、嬉しそうに厨房から出てきた。
 来月のアートプロジェクト、果たしてどんな会になるのか楽しみだわ。とうぞ、皆さんもお楽しみにね。

 


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2-18章


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2-18章

 それからしばらく経った日の夜、私はリビングでいつものようにカオルと一緒にニュースを見ていた。テレビ画面には、大きなZの文字の入った戦車が写っていて、中から白い布を手にした人が両手を上げて出てきていた。これは一体、何?
 今度はカオルのスマホにたまたま写し出された動画で、犬がこんな話をしているのが聞こえてきた。
(皆、聞いて。私ついにやってしまったの。ご主人に噛みついて、全治3週間の怪我を負わせてしまったのよ。それも、たまたまの事故なんかじゃなく、完全に私の意図した犯行なの。だけど、ご主人は私を怒らなかったわ。だから、こうして今、私の動画を撮影してくれてるの。どういうことか、皆に分かる?)
謎めいた彼女の問いかけに首を傾げたのは、きっと私だけではないはず。アナスタシアと名乗る中型犬の彼女は話を続けた。
(私の最愛のご主人ミハイルは、数日前に突然軍隊に召集されたの。今朝、彼が悲しい目をして私にお別れの挨拶をしに来た時、私は全てを悟ったわ。このままこの人を行かせてしまったら、二度と戻って来られないって。だから、私は意を決してミハイルに飛びかかって、左の太股に思いっきり噛みついたの。彼は倒れこんでしばらく痛がっていたけど、その後すぐに家族と病院に行って、数時間後に、足を包帯でぐるぐる巻きにして帰って来た。そして、私にこう言ったの)
アナスタシアは、そこで大きく息継ぎをして、誇らしげにこう言った。
(『アナスタシア、ありがとう。お前のおかげでしばらくの間、戦地に行かずに済む。さっき皆と相談して決めたんた。これから僕達はこの国から逃げることにした。勿論、お前も一緒だよ。大丈夫、もう決して離れない』って)
 アナスタシアは、深い眼差しで画面には向かってこう言った。
(SNSでケイトちゃん達のお話を聞いて、私も自分の使命について考えたの。そして、愛する人を守るために、私は彼を傷つけた。それでもし、彼に捨てられてしまったとしても、少しでも彼に生き延びる時間を与えることができれば本望だと思ったの。だけど、彼はちゃんと私の気持ちに応えてくれた。これが社会的に正しいことかどうかなんて関係ない。私にとって一番大切なのはミハイルの命なんだもの)
 私達のメッセージをしっかり受け止めてくれている犬がいることに私は感動した。このアナスタシアのメッセージを受けて、更に他のペットも何らかの行動を起こすのかもしれない。それがどういうものであれ、人と人が殺し合わない方向に少しでも舵がきれていけばいいな。そして、アナスタシアと飼い主のミハイルの一家が、無事に安全な所に逃げ延びることができたらいいなと、その時私は強く思った。
(これからどんな旅が待っているか分からないけど、大好きなミハイルと一緒にいられたら、どこに居ても私は幸せ。皆もどうか、ご主人様と末長くお幸せに)
 アナスタシアのメッセージは、そこで終わった。
 今のメッセージ、あちらの世界のミスズさんにも届いていたら、きっと彼女も喜んでくれてるだろうな。
 
 翌朝、ヨシダさんの二階の窓辺で、私は嬉しいニュースを聞いた。
(ケイト達を見習って、僕もオンライン配信を始めたんだ)
と、ショウ君はいつもより少し弾んだ声でこう言った。
(僕は病気で体も思うように動かせない。だけど、こんな僕でも、こうして世界中に思いを伝えることができる)
ショウ君は、グリーンの瞳をキラキラ輝かせていた。
(今日日、世の中にペット動画は溢れてる。うちのパパも、僕が少し面白い仕草をすると、すぐに動画を撮ってSNSにアップするんだ。今まではただ何気なく撮られるだけだったけど、このチャンスを利用しない手はないものね)
(きっとショウ君の配信を見た多くの猫や犬達が、皆のために今何ができるかということを真剣に考えるようになると思うわ)
(ペットだけじゃなく、人間にも、不十分な形ではあるけどテレパシーは伝わるはずなんだ。僕はそちらもターゲットにしていきたいと考えてる。その方が、よりダイレクトに影響力を発揮できるし、配信のチャンスも増えるからね)
(確かに。動画を撮影したり配信したり、それを視聴したりする主体は人間だものね。ちょっと皆の目を引く動きをすれば、多くの人に視てもらえるわね)
さすがショウ君。考えることがより高度だわ。
(こんな方法を思いついたケイトは、本当に天才だよ)
ショウ君に誉められて有頂天になりそうな気持ちを抑えて私は
(もともとこれを思いついたのはヨネなのよ)
と少し前の事を思い出しながら言った。
 ヨネとナナオがメイちゃんにもらわれて行って、ちょっぴり淋しいと思っていた矢先に、ヨネの発案でナナオが私にビデオレターを送ってきた。全てはそこから始まって、今や、全く知らない海外の家族の運命を変えるまでに影響力は広がっている。今の世の中って本当にスゴいわ。ミスズさんの若い頃にもSNSがあったら、皆の運命はもっと違っていたでしょうね。
(僕達この地球上の生き物は、皆どこかで繋がっているんだ。同じ時代に生きているというだけで、互いに何らかの形で影響力しあっている。その事が分かれば、一人でいても淋しくないし、一人の思いから世界を変えていく事が、今は誰にでもできる時代なんだ)
ショウ君の言葉に私は大きく頷いた。そうね、大きな国のリーダーだけが世界を動かすわけじゃない。一人一人の人や私達人間以外の動物も、一緒に時代を作っているのよ。
 そうやってショウ君とお話していたら、私にも新たなアイデアが浮かんできちゃった。そのアイデアを、私はその夜早速試してみた。
 帰宅後にリビングで掃除機をかけているカオルにすり寄って私はこう言った。
(ねえねえ、カオル。いつものアレ、やってよ)
私が床の上にゴロンと横になると、カオルは元々タレ目な目尻を益々下げて
(ハイハイ。ケイト、ちょっと待ってね)
と言って掃除を中断してから、いつもの4Kを始めた。
「ケ~イトちゃんは可愛いな~、可愛いな~」
最近は、言葉にメロディーもついてきている。
「ケ~イトちゃんは賢いな~、賢いな~」
そんなデレデレのカオルに、私はこう誘いかけてみた。
(ねえ、カオル。あなたもそろそろSNSデビューしなさいよ。身近にこんな映える被写体がいるんだから。勿体ないと思わないの?)
そして、ひざまずいたカオルの横にある、コードレス掃除機を尻尾でパタパタ叩いて次の行動を促した。
(あら、今日は、かけさせてくれるの?)
そう言うと、カオルは掃除機の長いノズルを外し吸引力を弱に設定して、私の背中に先端を当てた。
(ああ、そこそこ。気持ちいいわ~)
コードレス掃除機の程好い吸引力に、私はうっとりと目を閉じた。
(ケ~イトちゃんは綺麗だな。ケ~イトちゃんは健康だな)
カオルの面白いオリジナルソングは続く。
(ケ~イトちゃんはかわいいな。かわいいな。ニャン🎵)
(何よ、そのニャン🎵は?あなた、ちょっとデレデレが過ぎるわよ…)
私達がそんなやり取りをしていると、そこにタイミング良く、メイちゃんから動画が送られてきた。カオルはすぐにスマホを見て、メイちゃんからの動画を確認すると、そのまま、今度はスマホを私に向けて、撮影を始めた。
 チャーンス!
 私は、前々から考えていた人間向けのメッセージを画面に向かって訴えた。


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2-17章


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2-17章

 その夜お家に帰ってから、私はカオルのスマホで、ナナオからのビデオレターを確認した。
(やっほー、ケイト…)
全然ヤッホーな雰囲気じゃないか細い声で、ナナオは動画のメッセージを送っていた。
(僕、…ひどいでしょ?このやつれよう)
ナナオは、メイちゃんがカオルに宛てて送った動画で、以前のように私に向かって近況を伝えていた。
(猫風邪って、マジてヤバいよ。鼻がつまって息ができないし…、ご飯も水も喉を通らなくて、僕、ホントに死ぬかと思った)
まだ疲れの残る顔に、だけどナナオは無理に笑顔を浮かべて、こう言葉を続けた。
(でも、もう大丈夫。何だか、今日の昼過ぎくらいから急に鼻が通るようになってね。さっきも、晩御飯、ちゃんと完食できたんだ)
 ああ、そらならもう安心ね。何をおいてもまず、生きることは食べることだもの。
(それがね、ホントに不思議なんだ。朝のうち、息苦しさがピークでね。意識も朦朧として、僕、もうこのまま死んじゃうんだと思った。それで、そのまま夢を見たんだと思うんだけど…。真っ暗闇の中にいたら、闇の中に一つの光が灯ったんだ。その光は一つまた一つと増えて全部で七つになってね。その光の方に向かって歩いて行ったら、段々息が楽になって。それで、目が覚めたら、急にお腹が空いてきて…)
 良かったわ。どういうことかは分からないけど、私達の祈りはきっと通じたのね、その…大いなる力、というのに。
 ナナオの動画を見終わると、カオルはスマホを私の方に構えて撮影を始めたので、今度はこちらからのメッセージを、ナナオに向けて私は喋った。
(ナナオ、元気になって良かったわ。マリエの皆も、ナナオが良くなるように祈っていたの。本当に、本当に良かったわ)
 昼間、私達がした具体的な行動については、特にナナオには話さなかった。だって、それは私達が勝手にやってたことだし、その事をここでナナオに恩着せがましく言いたくはなかったの。何にせよ、一番大変だったナナオに
(頑張って病気に打ち勝ったのね。立派だわ、ナナオ)
と私は心からの称賛を送った。

 そして、次の日、私とマリエの仲間達は、ナナオの回復を改めて喜びあった。
(本当に良かったね)
皆、同じ言葉を繰り返した。喜びを伝える言葉は、いつでも案外シンプルだわ。皆、昨日のことで何となくそれぞれお互いの事をより好きになれたと思う。たけど、そういう良い変化を言葉にするのはとても難しい。言葉にすると、どんな事でも何だか少し嘘っぽくなるの。それはたとえテレパシーであっても。ただ、一緒にいる時の空気が前以上に心地良い。こういうのを、きっと人間の言葉では「信頼感が深まる」と言うんだと思うわ。
 私がいつも以上に気分よく、片足をピンと上に伸ばして入念にグルーミングを始めた頃に、昨日と同じランチのお客様がちょっぴり早い休憩時間を取って店に現れた。
「聞いて、マスター。超ビックリ!」
 開口一番、昨日のお兄さんはスマホを握りしめてマスターにこう言った。
「昨日ここで撮ったケイトちゃんの動画、Instaに挙げたら
すごいバズっちゃって…」
お兄さんは、マスターに早口にそう報告した。
「何でも、僕の挙げた動画を、家で飼ってる犬や猫や…中にはカワウソとかとリビングで一緒に見てたら、皆一斉に画面に釘付けになって、その後、何回も見せろって激しくせがむって…。そして、更にその後、動画のケイトちゃんと同じポーズで甘えてくるって。それが、日本だけじゃなくて、海外からも同じようなコメントが来てて。アラビア語のコメントとか、僕初めてなんだけど…」
お兄さんは、嬉しさと戸惑いの入り交じった表情で、ちょっと特殊な生き物を見るように私の方を見た。
 お兄さんよりも数秒後に入店したお客様達も
「そうなのよ。わたしもこんなに沢山リツイートもらったの初めて」
「オルガちゃんの動画を見て、今まで素っ気なかった飼い猫が急に愛想よくなったとか」
「そうそう、カーティス君の動画を見ながら、多頭飼いの犬達が並んで一斉に遠吠えを始めたとかいうのも来たわ」
と、昨日のランチタイムの動画の影響について一斉に話し始めて、店内は急に賑やかになった。
 私達も、思いの外早い周囲の反響に興奮し始めた。
(やっぱり、ケイトのアイデアはすごいね)
ルチアーノが感心してそう言った。
(それを言うならルチこそ、黒鍵だけで弾ける曲に素早く便乗するなんて、普通の猫にはとても思い付かない芸当だわ)
私も、昨日の感動を思い出しながらルチアーノを誉め返した。
(まあ、これでも、元音楽家の家猫、だからね)
ルチアーノも素直に嬉しそうにそう言った。
(人間の反響もいいけど、動物達の生の声も聞いてみたいわよね)
そう言うジャニスの声に
(そんじゃ、ちょっと拝見するかな)
と、カーティスは答えると、制服姿の二人組の女子高生の席に近づいて行った。
「ねえねえ、この動画、超かわいいんだけど」
明るい髪の色の女の子が、スマホをもう一人のオカッパ頭の子に見せた。
「わぁ、ホントだ。猫が皆、こっち見てる」
女の子のスマホの画面には、私達と同じくらいの数の猫達が映されていて、その子達は画面に向かって一斉にコメントしていた。
(ケイトちゃん、動画見ました。すっごい感動した!)
(ジャニスちゃん、可愛い!最高!)
若い三毛と黒猫が元気一杯、そう言った。
(おっ。早速来てるな)
カーティスは、私達の方を見てニンマリ笑った。
 その他のお客様の席にも順次カーティスは回って行き、皆がスマホのペット動画を検索し始めると、確かに、あちこちで反響が沸き起こっていることが、私達にも理解できた。
(オルガさんのマナー講座、是非定期受講したいです)
(ルチアーノ君、今度、ゆっくりピアノの弾き方教えてね)
と言う、ペルシャ猫の兄弟。
(エリック君のおかげで、夫の食欲が戻ってきたの。ありがとう)
と言うのは、グレーのおばあさん猫。
更に
(サリナさん、ホントに優しいね。あなたの意見に共感しました。子猫ちゃん、早く良くなったらいいね)
と言うコメントを送ってくれてたは、大型犬のジェントルマン。
そして
(カーティスさん。兄貴、って呼ばせてください!)
と熱いエールを送って来たのは、何と若い雄のイグアナだった。
 私達の配信した昨日の動画は、たった一日で世界中の色々な所で様々なペット達の目に止まっていた。その事を、人間達がどこまで気づいたかは分からないけど、何か不思議な事が起こっているということは、一部のお客様達は気付いたみたい。
 私達の小さな声が大きな声になって、早く人間にも届くと良いな。今という同じ時間を生きる仲間として、皆が幸せになれたら。
 そんな思いを込めて、その日も私は、お兄さんの向けるスマホの画面に向かってメッセージを発信した。

 


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2-16章


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2-16章

 女の子は、ピアノの椅子に座って、鍵盤に一旦指を乗せてはまた離して、しばらく思いあぐねていた。
「この前習った曲を弾いてみたら?」
お母さんが席に座ったまま、優しく声をかけた。
 お店の中には、お客様はこの親子だけ。だけど、自分から言い出した事とは言え、何かを自分からやり始める時は、誰でも少しためらうもの…。さっきの私も実はそうだったみたいに。
 大きく息をした後、女の子はたどたどしいリズムでピアノの演奏を始めた。
(『きらきら星』)
ルチアーノが呟いた。
 ママは目を閉じて、ピアノの音を聴いていた。マスターも、厨房から出てきて、ママと同じように優しい顔で目を閉じた。きっと、二人の心の中には、今、同じ光景が見えているのね。
 一曲弾き終えたところで、二人はカウンターの中から、女の子に暖かい拍手を送った。
 その拍手をきくと女の子は急にリラックスして
「あっ、そうだ。これも弾けるの」
と、思い立ったように、再び鍵盤に向かった。
 今度は、さっきの『きらきら星』よりも流暢に、女の子はピアノを弾いた。
「子どもは皆、この曲が好きだよね」
「この場所にぴったりね」
 後から店内に入ってきた他のお客様達は口々に、優しい笑顔で女の子の方を見てそう言った。
 その曲を、女の子は得意気に何度も繰り返し弾いていた。私のいる、ピアノとほぼ同じ高さの離れた台の上からは、鍵盤は全然動いていないように見えた。
 ルチアーノは、楽しそうに尻尾でリズムを取りなから彼女の足元にいたが、やがて
(僕も参加してもいいかな?)
と言うと、音もなくピアノの上に飛び上がった。そして、黒い鍵盤の上を、女の子の指をうまく避けながら歩き回り始めた。
「わっ、猫が連弾を始めたぞ」
「『猫踏んじゃった』を猫が一緒に弾いてるわ!」
後から来たお客様達は、口々に驚きの声をあげて、スマホで撮影を始めた。
 すると、今まで置物のようにピアノの上で黙ったままだったサリナが、ゆっくりと話し始めた。
(こんにちは。私はサリナといいます)
 ピアノの音と猫のテレパシーは周波数が違うから、混じり合うことなく、私達の耳には同時に届く。
(私、このお店に来てもうすぐ3年になります。今日は、私がここに来てから感じたことをお話ししたいと思います)
サリナは、まっすぐ前を向いて、いつになく堂々と話し始めた。
(私は元々野良猫の子どもで、外でお母さんや兄弟達といたところを捕獲されました。皆バラバラに色々な家に貰われて行って、最後に残った私は、この猫カフェに引き取られました)
当時を思い出すように、サリナはゆっくりと言葉を続けた。
(私達家族を離れ離れにした人間のことが、最初は嫌いで仕方がありませんでした。人間さえいなければ、私達は外でずっと一緒に幸せに暮らせてたと思ってたから。…だけど、ある時からこのお店の中も色々変わっていって、私にも、段々現実が見えてきました)
サリナは私の方をチラッと見てから話し続けた。
(私達猫は、現代社会の中で、外で安全に暮らすのはとても大変なんだって事が分かりました。それに、猫は大人になったら皆それぞれ独立して家族は自然にバラバラになるということも。だから、今の私のように人間と一緒に暮らせるというのはラッキーな事だったと、今となっては思います)
サリナはそこで初めて柔らかな笑顔を浮かべた。
(私は人間に構われるのは苦手です。何だか息苦しくなるから。だけど、今は、人間の事は結構好きです)
 そうよね。サリナは、いつもさりげなく人間の事を気にかけてるもの。
(話はちょっと変わるけど、今、猫と一緒にピアノを弾いているこの女の子。この子は優しい家族と一緒に、これから色々な経験を一杯して、キラキラした思い出をたくさん積み重ねながら、大人になっていくんだと思います)
 そんな、サリナのスピーチの内容を知る由もなく、女の子は益々嬉しそうにルチアーノと『猫踏んじゃった』の連弾に夢中だ。
(だけど、この子のように幸せに大人になれない子ども達が、今、世界中に沢山います。戦争で家族と離ればなれになったり、狭い地下壕に何ヵ月も隠れて怖い思いをしている子ども達もいます。それは恐らく、野良猫よりもずっと過酷な日々です)
 休憩時間にマスターが見ているテレビのニュースを、サリナもいつも熱心に見ているものね。
(子どもの時間は一瞬でかけがえがなく、そして、その後の未来を作るとても大切なものです。私達が人間に守られて安全に暮らせているのと同じように、全ての子ども達は、誰かに大切に守られなければいけません)
 サリナは実感を込めてそう言った。
(私達ペットに何が出来るのか、私には分からないけど、私達の力が子ども達の未来を明るく平和なものにするのに必要だって、私の仲間達は言っています。だから、皆さんにも一緒に、何が出来るか考えてほしいと思います)
サリナは、ちょっと考えてからこう付け加えた。
(私と仲間達は今、まだ実際には会ったことのない子猫のために、私達の使命について一緒に考えている最中です。そうすることがその子猫の命を守ることに繋がるって、ある人から教わったから)
サリナはためらいがちに言葉を続けた。
(それがホントに効果があるのかどうかは、私には分かりません。だけど、私達の大切なその子猫を守るために、私達は一生懸命、世界平和を訴えています。それしか方法が分からないから。これを、祈りと言うそうです)
そして最後に
(お願いします。皆さんも、どうか一緒に祈ってください。私達の大切な子猫の病気が良くなることを。そして、この世界に平和が訪れることを)
そう言って、サリナはスピーチを終えた。
 サリナ、ステキだわ。いつも黙って天窓の前に座ってるけど、実はそういうことを考えていたのね。
 サリナのスピーチが終わると、それまでピアノの黒鍵の上を歩き回っていたルチアーノはピアノの端っこに座って、こんな話を始めた。
(こんにちは。僕の名前はルチアーノ。皆、僕達の演奏も聞いてくれてありがとう。そろそろ皆撮影を止めそうだから、手短に言うね)
と言って、早口で喋り始めた。
(音楽とか絵画とか、美を表現しようとする心は、国や民族を超えた、人間の本能なんだ。この正しい本能が正常に働いているとき、世界は平和になる。僕達ペットは、存在自体が美的表現体だから、皆、その事を忘れず気高く生きようね。そして、僕達の美しい生き方で人間をステキな世界にインスパイアしよう!)
と言った。
 そして、サリナとルチアーノがピアノの側を離れる頃には、いつの間にか集まった5人程のお客様も、ほぼ同時に動画撮影を終えた。

(サリナ、凄く良かったわ。ルチも、短くてインパクトのあるスピーチ。それにしても、あなたピアノ、ホントに弾けたのね)

色々感心し過ぎて目を丸くしている私を横目に、サリナは照れ臭そうにいつもの定位置にそそくさと退散し、ルチアーノは

(あっ、あれね。ちょっとしたコツがあるんだ。あの曲は、黒鍵押さえておけば何とでもなるの)

と余裕の表現でそう言った。

 

 そんなこんなで夕方を迎えた頃、私を迎えに足取り軽くカオルがやって来て、お店のドアを開けるなり

「朗報です。ナナオの猫風邪が峠を超えたみたいです」

と弾んだ声で言った。

 私達のその時の気持ち…。きっと、皆さんにも想像がつくでしょう。


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2-15章


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2-15章

 食レポを終えて私達の所に帰ってきたエリックに、サリナが
(すごいわ。よくそんなこと知ってたわね)
と、心から感心したように言った。
(うん。時々マスターがお客さんと政治や経済の話をしてるからね。他の内容は聞き流しちゃうんだけど、こと食べ物の話となると、やっぱり気になっちゃうからさ)
 なるほど。好きこそものの何とか…って言うけど、ジャニスもエリックも、ちゃんと自分の世界観で独自の主張を展開したわ。
(じゃあ。次は誰、行く?)
私の呼びかけにオルガが、
(それじゃあ、私も)
と、エレガントな足取りでゆっくりと店の中央に進んで行った。
(じゃあ、始めるわよ)
オルガは私達にそう言うと
「ナ~オン」
と、一声高くて綺麗な声で鳴いた。そのクリスタルボイスにお客様は一斉にオルガに注目した。
 オルガはゆっくりとテーブルの間を歩き回って、目が合ったお客様に近づいては上目使いにその人を見つめてから、足元に首筋を擦り付けて
「ナーオン」
と小さく鳴いた。何人かのお客様がスマホを構えると、彼女は動きながら話し始めた。
(皆様こんにちは。私は、オルガ。私の住むここ日本は、そろそろ梅雨という長雨の季節に入りそうですが、皆様の所はいかがですか?世界中の皆様にこうしてお目にかかることができることを、私、とっても嬉しく思っています)
オルガはこんな丁寧な挨拶から話し始めた。
(今日は皆様に、複数のゲストをおもてなしする時の、接客のコツをお伝えしたいと思います)
 わっ、さすがはオルガ。どんな話をするんだろう?私も興味津々だわ。
(私が今いるのは、10人程のお客様がお食事をしているカフェのランチタイム。常連のお客様が多いお店です)
オルガは、そう言いながら一人のサラリーマン風の男性に近づいた。
(こちらの方は、御新規のお客様です。先ずは、こちらの方にご挨拶したいと思います)
そう言って、オルガはその男性を真っ直ぐに見上げて
「ナァォン」
と囁くように鳴いた。
(初めてのお客様は、ここがどんなお店か分からず、多少緊張しておられます。先ずは、その方の緊張感をほぐして差し上げましょう。どうしても慣れた方への接客を優先しがちですが、それは逆。初めての方が勇気をもってお店に入ってきてくださったことに心から感謝して、先ずはこちらからご挨拶をいたしましょう)
オルガは話を続けた。
(だけど、こうして初めての方の接客をしつつも、常連の方の動きにも、しっかりと気を配っておきましょう。折角、私達と接するために貴重な休憩時間を割いて来てくださっているのだから)
そう言いながら、オルガは、食べ終えてレジに向かっているお客様の足元に駆け寄って、顔を見上げながらスリッと体を擦り付けた。
(どなたにも寂しい思いをさせないよう心がけましょう)
 さすがオルガ。まるで高級クラブのママみたいだわ。この前カオルと一緒に見たドラマの一場面を、私は思い出した。
(ですが、例外もあります。今、このカップルは夏の旅行プランを立てている最中)
二人組の男女を遠巻きに見ながらオルガは言葉を続けた。
(こういう場合は、極力お邪魔をしないようにいたしましょう)
 その後、黒いパンツスタイルの女性の傍に行き
(それから、こういうお召し物のお客様へのスキンシップは程々に。お洋服に私達の毛を付けてしまっては、この後の予定に差し障ることもありますから。特に長毛種の皆様はお気をつけあそばせ)
と細やかな心配りについても語った。
(とにかく、重要なのは、お一人お一人を大切に思う気持ちと、相手の身になって考えるという思いやりの心。この二つを日頃から実践していけば、ご自身も沢山の方から愛されると同時に、周りを幸せにすることもできます。きっと、皆様のお気持ちと行いが、世界をより良いものに変えていくことでしょう。それでは皆様。またお目にかかる日まで、ごきげんよう)
そう言って、オルガは話を終えた。
(すごいや!)
 ルチアーノが歓声を上げ、一同尊敬の眼差しでオルガを迎えた。
 そうなのね。私は今まで自分が率先して新規のお客様を接待していると思ってたけど、実は陰にオルガのさりげない配慮があったのね。そういう、仲間に余計な気を遣わせないところも、オルガはステキ。大人の魅力に憧れちゃうわ。
 オルガの後は、どうなるかしら?
 しばらく間をおいて
(じゃ、一丁やってやるか…)
と言って、今度はカーティスが、フラフラと客席に近づいて行った。
 カーティスは、それまでのパターンとは違って、ただウロウロとその場を歩いていたが、そのうち、食事を終えたお客様が、一人二人と彼をスマホで追いはじめた。
 なるほど、カーティス、いつもの技を使ってるのね。彼の引き寄せパワーに釣られて動画を撮りはじめた四人組の中年女性のテーブルの前で、カーティスは演説を始めた。
(よっ、俺はカーティス。何か…、こういうのちょっと照れるけど…。これから俺の日頃考えてる事を少しだけ話してみるから、良かったら聞いてみて)
 少し不貞腐れたような態度で、カーティスは話し始めた。
(俺達猫って、この地球上のどの生き物とも、ちょっと違うと思うんだよね)
 ふんふん、そう来るか…。
(もともとは野性動物だったけど、今みたいに人間と暮らすようになってからの歴史は長くて、最古の家猫は9500年くらい前から存在したらしい)
 そうなんだ?カーティス意外と歴史に詳しいのね。
(まあ、最初はペットと言うよりも、鼠を取るための家畜としての役割が大きかったみたいだけど、今じゃ専ら愛玩動物ということになってる。だけど、一時期、魔女の手下とか言われて迫害された時代もあったらしい。大方、俺達の潜在能力が神秘的過ぎて、恐れられてたってことなんだろうな)
カーティスは斜め下からスマホに流し目を送ってこう続けた。
(神秘的な動物と言えば、蛇とか狐とか色々いると思うけど、あいつらはほぼほぼ野性動物だからな。俺達は人間に近い分、色々便利なこともある)
 カーティスのトークは段々ノッてきた。
(例えば、俺達猫同士は普段からテレパシーでコミュニケーションをはかるけど、それは人間にも使える。現に今俺は、テレパシーで人間を引き寄せて、彼らの電波に便乗して皆と通信してるってわけ)
 わっ、それ言っちゃうんだ。
(テレパシー以外にも色々、例えばヒーリングとかインスピレーションとか、珍しいのだと催眠術とか、やろうと思えばわりと簡単に、できちゃうもんなんだ、俺達猫って)
ここまで言うと、カーティスはスマホに向かって不適な笑みを浮かべてこう続けた。
(人間は頭脳に依存し過ぎた結果、俺達のような力を失って、現在、迷走状態にある。そんな人間を上手くコントロールして、この世界の安全な秩序を守るのが俺達猫の使命だって、実は俺、常々思ってたんだけどさ…)
 へー、そうだったの?軽く見えてわりと深いのね、このヒト。
(俺みたいな考えの猫…中には犬も、他にも一杯いると思う。今はこんな時代だし、皆もそれぞれの場所で出来ることをやりながら、人間っていう、頼りになるけど厄介な連中の、突き詰めた正義感を上手にいなしていかないか?)
 そして、一呼吸おいて
(世界が最悪の状態になるのを、皆で一緒に食い止めようぜ)
 更に
(サンキュー。ヨロシク)
と言って、彼は演説を締めくくった。
(何だか、凄かったわね)
そう言って出迎える私にカーティスは
(どう?今度こそ惚れ直した?)
と言いながら、ニヤリと笑った。

 そうこうしているうちにランチタイムは終わり、入り口のドアには一旦準備中の札がかけられて、マスターとママは休憩時間に入った。
 私達猫は、それぞれいつもとは違ったパターンでおやつを貰ったり好きな場所で昼寝をしたりして過ごした。お互いのトークについて特に多く感想は述べ合わなかったけど、皆、何にも考えてないようでいて実は色々考えてたんたなぁって、私は仲間のことを誇らしく思ったわ。
 皆の気持ちが、この世界のあちこちに、そして、ナナオの病気を治したいという願いが、私にはよく分からないけどミスズさんが言っていた、大きな力というのに届くといいな。いえ、きっと、届くはず。私は、強くそう信じることにした。

 そして一時間後に、お店は再びオープンした。その日は近くのデパートが定休日で、そのせいか午後の商店街の客足はまばらだった。
 しばらくして、小さなベルの音と共にメイちゃんくらいの年の女の人と、その人の連れた小さなお客さんが入ってきた。
「ママ、このお店、ピアノあるよ」
メイちゃんの息子のショウ君と同い年くらいの女の子が、真っ先にピアノの方に駆け寄った。
「ダメよ。勝手にピアノに触っちゃ」
 あら、このお母さん、若いのにしっかりしてて良い感じ。
 女の子は、ピアノと母親の顔を困ったように交互に見ながら、ピアノの傍をウロウロしていた。
「猫ちゃんにも、勝手に触ったらダメなのよ。約束だもんね」
「はーい」
女の子は、ちょっと残念そうに、だけど聞き分けの良いお返事をした。そうそう、そういうお利口さんにだけ、猫カフェで猫とのふれあいを楽しむという特権が与えられているのよ。
 女の子は、お母さんとメニューを見てオーダーを済ませた後、私達の事をチラチラ見ていた。
「あの子、フワフワだね」
と、その子は、毛の長いルチアーノの事が気になって仕方がないみたい。
(ルチ、御新規のお客様からご指名よ)
さっきのオルガのトークに触発されて、半分冗談めかして私がそう言うと
(…だね)
と答えて、ルチアーノは女の子に自分から擦りよった。
(わー、フワフワちゃん。かわいい!)
女の子は、とても喜んでルチアーノを撫でた。
 ルチアーノは基本的に子ども好き。元々家猫だったせいもあり、触られることに慣れてもいるし。
「猫ちゃん、抱っこしてあけるね」
だけど、そうやって、力の弱い子どもに抱き上げられるのは、さすがにちょっと不安みたい。特に長毛の彼は、意外と体重が重いから、小さな子どもに抱っこされるのは、ちょっと無理がある。
(あっ、あのっ、…君の気持ちはよく分かったよ。だけど、今は…、こっちで遊ぼ)
そう言って、ちょっと困ったルチアーノは、女の子をピアノの方に誘導した。
 ピアノの椅子の上に座って
「ニャーオ」
と彼女を誘うルチアーノ。女の子は、モジモジしながら、お母さんの耳元で何か囁き、すると、女の子のお母さんは
「自分で言ってごらんなさい」
と、彼女の背中をそっと押した。
 女の子は、おずおずとカウンターの方に歩み寄ると、厨房に向かって声をかけた。
「あのー…」
 カウンターから、ママの笑顔が現れた。
「ピアノを弾いても良いですか?」
女の子の要望に、ママは満面の笑みで頷いた。
「どうぞ」
 彼女は、アップライトのピアノの蓋を重そうに開けると、椅子に座った。その足元にルチアーノが、そして、気がつくと、いつの間にか、ピアノの上にはサリナが座っていた。

 


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2-14章


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2-14章

「おい、皆。今日はどうしたんだ?」
 ランチの準備を終えて、私とオルガとルチアーノ以外の猫達をバックヤードに撤収しようとしたマスターは、いつもとは違ってその場から離れようとしない他の猫達の様子に、不思議そうに首をかしげた。
「ほら、エリック。おやつの時間だぞ」
マスターにそう促されると、エリックは
(折角だけど、僕達今、ちょっと取り込んでてね…。あっ、でもおやつはちゃんと後でもらうから、置いといて)
と、マスターの方をチラッと見て
「ニャ~オ」
と返事だけ返した。
 ジャニスもカーティスもマスターの呼び掛けに反応せず、サリナはいつもの定位置から降りて来ようともしなかったので、マスターは
「まあ、いいか。こいつらも、今じゃ随分落ち着いてるしな」
と呟くと、猫達が出入り出来るようにバックヤードの入り口を少しだけ開けて、忙しそうに厨房に戻っていった。
(皆、これから私の言うことをよく聞いて)
そう言って、私は手短かにさっき浮かんだばかりのプランを皆に発表した。

(え?それって要は、お客さんのスマホを介して、メッセージを全世界に拡散するってこと?)
私の話を一通り聞き終わると、ルチアーノがそう言った。
(さすがルチ。飲みこみが早いわね)
(それも、先ずは僕達猫の仲間に協力を要請するって?)
(そう。仲間が多い方が効果的でしょ?)
エリックの質問にそう答えると
(そもそも猫がスマホなんて見るかしら?)
と、サリナが怪訝そうに言った。
(だって、現に今だって、私達、スマホを介してナナオの状態を把握してるじゃない?)
私は説明を補足した。
(今、猫好きの多くの人間は、スマホで撮影した私達の動画をネットで配信するわ。その動画を、お家のパソコンやテレビ画面で視る人も沢山いる。私の知る限り、猫好きは自分の飼い猫以外の猫動画も結構視たがるものなの)
だって、カオルがそうだもの。
(その傍には、当然そのお家で飼われている猫や犬もいる。その子達に、私達のメッセージを伝えて賛同が得られれば、今度はその子達が新たな発信者になって、情報は拡散していく)
皆の目付きが真剣になった。
(で…、具体的に何をどう伝えろって言うんだ?)
と、カーティスはまだ、私の意図するところを図りかねているみたいだ。
 私は、自分自身に言い聞かせるように、言葉を続けた。
(各自、自分の思い思いのやり方て自分を表現すれば良いと思うの。ただ一点、私達猫や犬…いわゆるペットという存在は、人間の思考を変えられるほどの大きな力を持っているってことを、皆に伝えてほしいの)
私の斬新過ぎる発言に、皆、目が点になっていた。
(どういうこと?全然意味分かんない…)
ジャニスが、絞り出すような声でそう言った。
(人間は皆、私達ペット…この呼ばれ方あんまり好きじゃないけど、この際まあいいわ…、とにかく、人間は私達の事が可愛くて仕方がないのよ。その私達が、この最大の武器、つまり可愛さをフルに活用すれば、もしかしたらこの世界が変わるんじゃないかって、私は思うの)
私は、話し続けた。
(今、この瞬間も世界のどこかで争いが起こってる。すごい大がかりな仕掛けで、人間同士が殺しあってるの。だけど、その一方で、人間は、私達ペットを溺愛してもいる)
私の話を皆、真剣に聞いていた。
(愛と憎しみの両方のエネルギーで世界が動いている。だけど、そのバランスが愛の方に傾いたら、どんなことになるんだろうって、私、思ったの)
(どうなるのかしら?)
オルガがグリーンの瞳を輝かせた。
(きっと、人間は戦う気力を失うと思うの。可愛い猫を撫でながらミサイルの発射ボタンを押すことはできないはずだわ)
(要は、俺たちの可愛さで…って、そこは俺の目指す所じゃないけど…。とにかく、それで人間の戦意を喪失させようって魂胆だな)
カーティスが、勢いよくそう言った。
(そうよ、カーティス、その通り)
 大きく深呼吸して私は宣言した。
(名付けて「可愛いで世界を変えよう」プロジェクトよ!)
みんな、目を丸くしていた。
(ケ、ケイト…、また随分大きく出たね…)
ルチアーノは、ちょっと後ずさりながらそう言った。
(でも、何だか面白そう。私達の可愛さをアピールする絶好のチャンスだし)
「ブサカワ」というワードを知って以来すっかりコンプレックスを克服したジャニスは、そう言ってウインクした。
(僕、食レポするよ)
とエリック。
(じゃあ、私は…。愛されるマナー講座とか、どうかしら?)
オルガも、お茶目にそう言った。
(可愛いってのはどうも苦手だけど…。でも、そうやって人間を俺たちの思うように動かすことが出来るっていうのは、何か面白そうだな)
カーティスも乗り気だ。
 少し間を置いて
(かっ、可愛くしなきゃ、…やっぱりダメ?)
と、サリナがおずおずと私に尋ねた。
(サリナの場合は、今まで通り皆とは別の路線で行きましょう。何事にも例外は付き物よ)
 確か昨日ミスズさんは、少しでも多くの人が幸せになる方法を考えて実践していれば、願いは叶いやすくなるって言ってたもの。ナナオの病気が良くなることと世界平和を訴えることは、私達の中ではもはや一つの物となっていた。

 しばらくすると、ランチのお客様でお店は混雑してきた。
「あれ?ここの猫、急に増えた?」
ランチ専門のお客様は、そう言って驚いていた。
(先ずは、私がやってみるわね)
皆にそう告げると、私はオーダーを終えてスマホを見ているお客様の足元に擦りよった。
「ハーイ、ケイトちゃん。今日も可愛いね」
ランチタイムの常連のこのお兄さんは、常にスマホを触ってる。いつも色んな写真や動画を見ているし、確か以前、このお店の猫達の動画をネットにアップしても良いかって、マスターに聞いてたはず。
 私はその人の足元にゴロンと転がって、前足を曲げた状態、いわゆる「にゃんこポーズ」で仰向けに寝っ転がった。
「おっ、ケイトちゃん、いきなりヘソ天か?」
お兄さんは、スマホを私に向けてきた。
(いいわ、お兄さん。写真じゃなくて、是非、動画をお願いね)
「ニャ~ォン」
可愛い声を出して、店に流れる陽気なカンツォーネのリズムに合わせて、私はコロコロ床の上で何度も寝返りをうった。
「何だか踊ってるみたいだな」
そう言って、お兄さんのスマホは私の動きを追い始めた。
 可愛いポーズのまま、私は画面に向かって訴えた。
(この動画をご覧の、全世界の、猫さん犬さんを始めとするペットの皆さん。初めまして、ケイトです)
先ずは、自己紹介からね。
(私はこの場をお借りして、皆さんにお伝えしたいことがあります)
可愛いポーズで真面目な事を喋るのは、結構難しいわ。
(世界は今、混乱の最中にあります。災害とか、戦争とか、それに伴う物価の高騰とか、色んなことで、私達の飼い主である人間は皆、疲れきっています。そんな人間達を、私達の可愛い姿を見せることで、しっかり癒してあげましょう)
なるべく分かりやすい言葉で、私は話し続けた。
(私達の可愛い姿を見ると、人間は皆、優しい気持ちになります。優しい気持ちの人が増えると、この世界は平和な楽園になります。皆さん、私達の可愛さで、この地球を、皆が笑顔で暮らせる場所に変えていきましよう)
ちょうど私がここまで喋り終えたところで、お兄さんのテーブルに日替わりランチが運ばれ、彼は撮影をやめて食事を始めた。
(先ずは、こんなところかしら?)
私の姿に皆は感心し、口々に褒め称えた。
(ケイト、すごいわ。よく台本もなしにそんなに上手く喋れるわね)
(そのポーズと演説内容のギャップが最高!)
オルガとカーティスがそう言った。
(人間がどのタイミングで僕達の動画を撮り始めるか、そして突然止めるのか、予測が立たないのが難点だね)
エリックがそう言った。
(だから、常に何を話すか考えて、短くまとめておかなくっちゃね)
ジャニスは既に、すっかりやる気満々だ。
(楽器を使ったパフォーマンスで注目を集めるのも手だね)
とルチアーノ。
(それに合わせて喋るだけなら、私にも出来るかも…)
とサリナが言った。
(よし、じゃあ、今度は私)
ジャニスも、さっきの私を真似て、スマホを触っている若い二人組の女性客にすり寄って行った。
(わー。猫ちゃん来てくれたの~?可愛い~)
ジャニスを彼女達のスマホが追った。
(ジャニス、静止画像じゃなくて動画を撮らせたいから、しばらくその場で動き回って。そうそう、可愛い声でしっかり鳴いて)
私は、ジャニスに声援を送った。
 ジャニスは、二人のスマホに交互に顔を近づけながら、こんなトークを展開した。
(ハーイ。皆、こんにちは。私はジャニス。よろしくね)
 あら、この子、随分ノリが良いわね。
(今日は私、皆に猫の可愛さについて、レクチャーしちゃいまーす)
ジャニスは、スマホの画面スレスレに鼻を近づけながらそう言った。
(私のこの顔、皆はどう思う?この鼻に半分かかった輪っか模様…。正直、ブサイクって思ってるお友達もいるよね?良いよ、ホントのこと言って。私も前はずっとそう思ってたもん)
ジャニスは、ずっと前からの友達に話すように親しげに、ボブカットの女性客の差し出すスマホに向かって話し続けた。
(だけどね。ある時、超可愛い子から、私、教えてもらったの。猫の可愛さは、見た目三割性格七割だって。それと、ブサカワっていう新しい言葉もね)
ジャニスは、得意のウインクをした。
(皆、自分の容姿を悲観しちゃダメだよ。元々可愛い子も私みたいな模様の子も、皆それぞれかけがえのない特別な存在。その事を忘れないで、明るく親しみやすくをモットーに、人間と仲良く暮らすの。そしたら、どんな猫でも必ず人間から愛されるようになるんだよ)
ジャニスは更に言葉を続けた。
(人間の愛でこの地球上が一杯になったら、そして全ての猫が誰かに愛される時代が来たら、きっとこの世界は最高にハッピーな場所になるよ。皆、私のこのメッセージを、他のお友達にも伝えてね。また今度、別のメッセージを送るね。最後まで聴いてくれて、ありがとう。皆、大好きだよ!)
 まるで、アイドルのコンサートのラストさながら、ジャニスは、一分少々の短い時間で、自分の言いたいことをスマホに向かって話しきった。そして、しばらくもう片方のショートカットの女性客の足元で甘えてから、私達の所に帰ってきた。
(ジャニス、いつの間にあんな特技を身に付けたの?)
私は嬉しい驚きと共に彼女を迎えた。
(だって、いつも身近にお手本が居るんだもん)
ジャニスは、長い尻尾で私の尻尾にハイタッチして、バックヤードに入って行った。
(ハイ。じゃあ、次は僕)
そう言って、今度はエリックが一人でランチを食べている、優しそうな初老の男の人の所に行った。
「あれ?どうしたの?」
男の人の食事する姿をその足元でジトーっと見つめたまま、エリックは大人しくそこに座っていた。
「ねえ、猫ちゃん。そんな風に食べる所を見られてると、僕、すごーく食事しにくいんだよね」
男の人は、エリックにそう話しかけた。
「君も、ご飯食べたいの?」
「ニャ~ン」
エリックはとびきり甘えた声で、男の人に返事をした。
「そうなんだ。だけどさ、人間の食事を君にあげるわけにはいかないだろ?ほら、このハンバーグとか、玉ねぎ入ってるしね」
男の人はしばらく考えてから、他のお客さんにランチを運んできたママに頼んで、猫のおやつを持ってきてもらった。
「はい、どうぞ」
カップに入ったウエットフードを差し出され、エリックは、極上の鳴き声で男の人にお礼を言った。
「ニャーオーン」(ありがとう。いただきまーす)
「ウニャウニャウニャウニャ」
(あー、美味しい!このフード、最高!)
「君、面白い声出して食べるんだね」
そう言って、男の人はスマホでエリックの食事風景を撮影し始めた。
(よし)
するとエリックは、パッと顔を上げて、スマホに向かってこう語った。
(皆さんこんにちは。僕、エリックです。今日は、棗坂商店街の猫カフェ マリエからこの映像をお届けしてまーす)
 何だかこのヒトも、随分慣れた雰囲気だわ。
(僕が今食べてるこのフード、多分日本の某大手メーカーが出してる物なんだけど、カツオとマグロと今僕が食べてるサーモンのがあるんだ。それぞれ違った美味しさなんだけど、僕はこのサーモンが大好き)
エリックは、何口かフードを口にして、いかにも美味しそうに目を細めて、尚もこう語った。
(この芳醇な香りと、サーモン特有のちょっと癖のあるこくと旨み。あー、たまんない!)
エリックの食レポは素晴らしく、いつものおやつが特別なご馳走のように思えるから不思議。
(だけど、僕には最近ちょっと心配な事があるんだ。聞くところによると、今、ロシアへの経済制裁によって、日本における鮭の輸入量が極端に減ってるって。もしそれがホントなら、そのうちこのメーカー、サーモン味のキャットフードを作らなくなっちゃうかも。そうなったら僕、とっても悲しい)
エリックの話は続いた。
(だから皆にお願いがあるの。争いの絶えないこの世界が平和になるように、皆も一緒に願って欲しいんだ。僕達の願いは、きっと何らかの形で人間にも届くと思うから。僕達ペットも人間も、この地球上の同じ仲間だから、人間の起こしてる色んな問題は、僕達ペットにとっても他ニャン事じゃないんだ)
ここまで喋るとエリックは
(ごめんね。話がちょっと重くなっちゃった。だけど、僕が一番言いたかったのは、この世界は皆繋がってるってことと、美味しいご飯を食べられることは誰にとっても幸せだってこと。皆も美味しくお食事してね。今度はドライフードの食レポしまーす。それじゃあ、またね~。バイバ~イ)
と言って、話を締めくくった。

 


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2-13章


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2-13章

 えっ。そ…、そうなの?
 ミスズさん、ありがとう…。だけど、そんな風に改まって言われると何だか照れくさいし…。どうしていいのか、私は少し困惑した。
 そんな私を見て、ミスズさんは可笑しそうに微笑んで、私を優しく寝床の上に下ろすと
「良い?コウメ…じゃなくて、ケイトちゃん、よく聴いて。あなたが今直面しているのは、生老病死と言って、生きとし生けるもの全てが体験する課題なの」
と言った。
(ショウロウビョウシ…)
「生まれれば必ず死ぬ。その間に老いたり病気になったりしながら。どんなに頑張っても、それを免れることは、誰にもできないの」
(…)
 私には、ミスズさんが言っていることは、少し難し過ぎた。…頭では何となく分かるけど、気持ちがついていかない。ピンと来ないと言うか…。
 ミスズさんは、言葉を続けた。
「与えられた命の長さとか、様々な条件は、大抵あらかじめ決まっている。それを運命と言うの。例えばあなたが猫であることとか、私が先にいなくなって野良になったこととか…」
(じゃあ、ナナオはこれからどうなるの?あなに小さくてかわいいのに、この世に来てすぐに死んじゃうなんて、そんなの絶対ダメよ!)
私はミスズさんに、すがるような目でそう訴えた。
「そうね。もしそうなったら、とっても可哀想。でも、そうなったらそれがその子の運命なのかも」
(そんな…)
私はガックリと肩を落とした。
「でも、それを何とかしたいとあなたが必死になっていたから、私はここに現れたのよ」
ミスズさんは、真剣な表情で言葉を続けた。
「もしも、運命を変えたいなら、出来ることを全やってみること。そして、やれるだけやったら、後は正しい心持ちで大いなるものに委ねること。それを、人間の言葉では祈りと言うのよ」
(正しい心持ちで…委ねる…)
「そう。大いなるものと繋がるためにね」
(それは、どうこうことなの?)
そもそも、正しさって?皆、自分では自分の事が一番正しいと思ってる。「それぞれの正義」という、以前ショウ君が教えてくれた言葉を、咄嗟に私は思い出した。
「正しさは、それぞれの目の高さで違って見える。確かにあなたの思うように、それぞれの正義があると、何が正しいのか分からなくなる。だから、大いなるものと繋がるために人は祈るの。すると、一番良い方法が見えてくることがあるのよ」
 ミスズさんの言ってること、何となく分かるわ。だけど、具体的に、私はナナオのためにどうやって祈ればいいの?
「まず、その子が必ず元気になると信じること。そして、できるだけ多くの人が幸せになる方法を考えて行うこと。命を懸けるのではなく、今は命を使うの」
(命を使う?)
「それを、使命と言うの。あなたには、あなたにしかできない使命がある。前向きな気持ちでそれを行う事で、大いなるものと繋がって、あなたの思いは叶いやすくなるの」
(私の使命…)
 何だろう?そんなの考えたことない。猫の私にできる、多くの人を幸せにする方法…。
 そんなことを真剣に考えている私を、ミスズさんは、ずっと優しい眼差しで見つめていた。
「あなたは、本当に賢い子ね。それに、私の所にいた時よりも、随分成長したわね」
しゃがんで私の頭を撫でながら、ミスズさんは言った。自分の使命が何かを考えながらも、ミスズさんに頭を撫でられるとものすごく気持ちが良くて、私はうっとりと目を閉じた。
 そう言えばミスズさんこそ、私と一緒にいたおばあさんの時は、こんなに聡明な人だったかしら?一日中お家の中にいて、決まった時間にテレビを見ていた印象しか、私にはなかったけれど。
「私は晩年、認知症という脳の病気を患っていたの。あの頃は、頭の中に霧がかかったようで、物事がハッキリとらえられなかったわ」
私の心の声に、ミスズさんはそう答えた。
「生きているうちは、人生の色々なことに翻弄されたけれど、あちらに行ってからは、幸せに暮らしているのよ。あの人にもいつでも会えるしね」
 良かった。一人で淋しそうだったおばあさんのミスズさんが、今は幸せで。ああ…、私の使命って…何だろう?そんなことを考えながら、寝ているのか起きているのか分からないまま朝を迎えた時には、ミスズさんは、いつの間にかいなくなっていた。
 
 日が昇ると、私はショウ君の窓辺で、ミスズさんに聞いたことをお話しした。
(私の使命って、一体何なのかしら?)
(それは、ケイトがケイトらしくいることだよ)
ショウ君は即答した。
(私が私らしくいること?)
拍子抜けしてそう聞き返す私に
(ケイトはそのままで、十分みんなの役に立ってるよ)
と、ショウ君は優しく微笑んだ。
(ケイトが毎朝来てくれる事で、僕自身もとても元気づけてもらってるし、きっと他の皆もそうだと思うな)
 キャッ、そんなこと言われたら、私、嬉しくって舞い上がっちゃう。
 そうしてショウ君といい雰囲気で見詰め合っているとカオルのお呼びがかかり、私は渋々お家に帰った。
 
 そして、いつものようにマリエに出勤後、私は皆にも同じ話をした。
(使命)
(私達、猫の…)
 話は私だけの事ではなく、皆の、そして、猫全体の問題にまで広がっていった。
(だって、私達皆、ナナオのために、ちょっとでも力になりたいんだもんね)
ジャニスの言葉に、皆は同時に頷いた。
 しばらく皆無言で、一生懸命考えていた。私達、猫の使命を…。

(あれ?何、この音?)
最初にこの沈黙を破ったのはサリナだった。
(え?何?何にも聞こえないわ)
と、私。
(…これは…)
ルチアーノは、その先端を細かく震わせながら、耳を澄ましていた。
そして
(『カヴァレリア ルスティカーナ』ね)
オルガがそう言った瞬間、沢山の楽器を持った人々…つまり交響楽団の姿がそこに現れ、私にもハッキリ聴こえる音で、演奏が始まった。
(あっ!オトウサン!)
ルチアーノが歓声をあげた。
 今日はまた、オーケストラも特別大所帯だわ。そう思って見ていると、その集団の真ん中、指揮者のナガレヤマ先生の後ろに、二匹の猫がいた。
(レイ!ホントに来てくれたのね!)
ジャニスが叫んだ。
(ああ。皆、久しぶりだな)
すっかり元通りの元気な姿の、少し輪郭の薄いレイは、そう言って、懐かしい照れ笑いを浮かべた。
 レイと一緒にいる、白黒のハチワレ模様の長毛の猫も、微笑みながら無言で頷いた。
(この方は?)
私がレイに尋ねると
(俺の母親だ)
とレイはもう一匹の猫を皆に紹介した。
(キナコと申します。生前は、息子が大変お世話になりました)
レイの母猫は、皆に丁寧に挨拶した。
(まだ旅の途中だけど、皆にお礼を言おうと思って来たんだ。約束だったしな)
レイは言った。
(そちらの…、お母さんは?)
と、エリック。
(一人で向こうに逝くのは不安だろうからって、迎えに来てくれたんだ。先に逝ってる近しい者が来てくれる。大抵、そういうことになってるらしい)
(それから、皆さんが今お困りの問題に、私の経験が少しはお役に立つのではないかと思って、私もこちらについて参りました)
レイの母親のキナコは、丁寧にそう言った。
 キナコの話に、皆は一心に耳を傾けた。
(私も生前は、長い間、野良をやっておりました。その間に私も猫風邪を患って、片目も失う程に悪化して、随分苦しみました)
キナコは、今ではすっかり元通りになった両目に穏やかな光をたたえながらそう言った。
 片目も失う…、そんなことにもなっちゃうの?
(この子を生んで、必死で育てて一人立ちさせて、ボロ雑巾のような瀕死の状態の所を、生前の飼い主に保護されて、それから5年生き延びました。片方しか目のない私を、その人は本当に大切に世話してくれました)
キナコは、当時の事を思い出しながらしみじみとそう語った。
(そんな状態から、どうやって猫風邪を治したの?)
私の質問に
(それは、飼い主の献身的な看病の賜物。それと、もう一つ、生きようという気力です)
と、キナコはキッパリとそう答えた。
(正確には、猫風邪は完全には治らないんです。ウィルスはずっと体の中に潜伏していますし、私の場合は、かなり重症でしたから。だけど、生きようという気力をもって、しっかり食べて安全な環境で存分に寝て体力を付ければ、元気になるんです)
キナコは更にこう言った。
(体力が戻るにつれ、私はこう考えました。あのまま野垂れ死ぬ運命だった私を助けてくれたこの人のために、私はこれから生きようと)
 すると、今度はレイがこう言った。
(誰かのために生きようと思うことが、弱った体に生命力を与えるんだ。俺たち猫がただそこにいるということを喜んでくれる人がいる。その人のために生きる。そして、死んでからも、ずっとその人を守る。俺たち、一旦人との関わりを持った猫の使命っていうのは、それにつきるんじゃないかと思うな)
 出た、「使命」って言葉。今朝、ショウ君が言ってくれた「私が私らしくいる」っていうの、は、そういうことだったのかも。
 そして、これは私達猫に限らず、犬も同じじゃないかしら?特に、さっきレイが言った「死んでからも、ずっとその人を守る」って、いかにもキョウヘイに対してモカが言いそうな台詞だわ。
 やがて、オーケストラの演奏は静かに終わり、やって来た皆の輪郭も徐々に薄くなっていった。
(ありがとう、レイ。キナコさんも、ごきげんよう)
(ナガレヤマ先生とオーケストラの皆さんも、またね)
また今度、があると思えるから、私達の別れの挨拶はあっさりと終わった。
 曖昧な輪郭を徐々に薄れさせながら、向こう側の世界の皆さんは最後にはすっかり消えて見えなくなった。その後に、皆の残した微笑みの余韻だけが、しばらくその場にたゆたっていた。
 
 彼らを見送った後、私達はしばらく呆然としていた。
 だけど、時計の針が11時を指したのを見て、私は我に返った。これからお店はランチタイムに入る。時は刻々と過ぎていく。こうしちゃいられないわ。
(さあ、皆、これから作戦会議よ!)
 私は立ち上がった。可愛いナナオの命を守る為に。そして私達猫の、大いなる使命を遂行する為に。

 


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