棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

3章

 

3章

「なるほど、そういうことだったのね 」
    カオルの家のリビングで、私は香水臭い女の膝の上に載せられて、背中を撫でられている。ここに来てから人の会話をよく聞くようになって、私はかなり沢山人間の言葉を覚えたわ。前いた家のおばあさんは一人暮らしで、訪ねてくる人もほとんどいなかったし、おばあさんの家にもテレビはあったけど、おばあさんは印籠を持ったスケさんとカクさんのお話ばかり見ていたから、ダイカンとかハタゴとか、そういう言葉しか私は知らなかった。カオルもひとり暮らしだけど、色んな種類のテレビ番組や映画なんかをよく見るし、この家には他の人間もちょくちょくやって来る。
「ホントかわいいわねぇ。ケイトちゃーん。はーい、ゴロゴロ~。うわ~、モフモフ~。カワイ~。超カワイイ~!」
    猫を膝に乗せると、大抵の人間は段々変になってくる。この香水女、マタタビでも舐めてるのかしら?
「じゃあ、この子、夜は家の中で、昼間は外で暮らしてるのね?」
「そうなのよ。もともと半野良猫だから、完全室内飼いは無理みたいで、一人で居ると外に出せってうるさいし、でも、さすがに夜は寒いし、それに何だか心配だし」
    香水女は、喉や額や私の気持ちいい所を撫でるのが上手い。
「でも、こうやって人間と居る時には、外に出せって言わないのね」
(だって、おやつ貰えるかもしれないじゃない?)
「それに、この子、おとなしいわね。人懐っこいし。カオルみたいな猫飼いビギナーには最適の猫ね」
「そうね。この猫は、何か…、心得てるって言うか、強かって言うか…。お腹が空いてる時にはものすごくカワイイ声で甘えてくるけど、満腹になったら、素知らぬ顔であっちに行っちゃうの。でも、特別美味しいキャットフードをあげた後には、お礼を言うみたいに膝に乗ってきたりして…」
「うゎー、ホント、心得てる。…って言うか、あざといわねぇ」
「そう、まるで、キャバ嬢みたいなの。今までそこまで交流のなかったご近所さんなんかも、『これ、ケイトちゃんにあげてください』ってキャットフードを差し入れしてくれるようになったりして。多分、外に出してる間に、相当おやつもらってると思うわ」
「ケイトちゃんに、フード入りました!」
香水女は面白そうに笑った。
「それでも、この子、まだ今はいいけど、これから寒くなったら、日中はどうするの?」
「そうそう、そこなのよ」
カオルはため息をついた。
「最高気温が10度以下くらいになると、いくら野良歴があるとはいえ、やっぱり厳しいと思うのよね。無理矢理家の中に閉じ込めておいても良いんだろうけど、この家には壊れそうな物が沢山あるし」
そう言いながら、カオルはリビングのガラス戸棚に目をやった。
(そんなの心配ご無用よ。私、食べ物以外興味ないもの)
「うーん、そうねー」
「サクラだったらどうする?」
「そうねー」
サクラは、私の背中を撫でながらしばらく考え込んでいたが、ハタと掌を叩いて
「そうだ!良いこと思いついた!」
といきなり叫んだから、私はびっくりしてサクラの膝から飛び退いた。
「実は、私の叔父夫婦が、半年ほど前から駅前の商店街で猫カフェ始めたのよ」
「そう言えば、前に聞いたことある、その話。その時はまだ本決まりじゃないって言ってたけど」
「そうなの、で、ホントに始めちゃったのよ。叔父夫婦には子どもがいなくて、義叔母はずっと野良猫の保護活動やってたから」
「そうね、だから、ケイトを飼いはじめた時も、義叔母様から色々教えていただいてたわよね」
「そうそう。で、その猫カフェは、保護猫専門の猫カフェってことにしたのよ」
「まあ、それは良いことじゃない」
「それが、そんなに良いことばかりじゃないのよ。義叔母が受け入れている保護猫は、元々野良が多いから、人慣れするにしても限度があって。あまりむやみに触られるとストレスを感じて体調を崩す子もいるから、猫の方から近づかない限り抱っこは禁止というのがそこのルールなんだけど、そうすると、どの猫も檻の中のライオンみたいに、昼間はずーっと寝てて、お客さんもあまり楽しめないから、売上げも少なくて、叔父達も困ってた所なのよ」
「ほー、なるほど」
「そこで、よ。このケイトちゃんを日中カオルの留守中は、その猫カフェで預かるというのはどうかしら?」
「まあ 、ペット保育園みたいね」
「この子なら、人見知りもしないし、このルックスだし、絶対店のナンバーワンキャットになれるわ」
「ホントにキャバ嬢みたいね」
「それとね。私、前から、何か副業始めようと思ってたのよ。今の仕事の収入だけだと、何となく老後が不安だから。で、ほんの趣味程度だけど、占い師をやろうかな?なんて思ってて」
「ほう、それはまた斬新な。そう言えば、サクラ、高校生の頃、よくカード占いしてたわよね」
「そうそう。だから、その猫カフェの一角で、仕事の合間にチョコッとだけ。叔父達の許可はもうもらってるのよ。昔から、猫好きは占い好きも多いしね」
「なるほど。じゃあ、その猫カフェへの貢献は、サクラの副業を応援することにも繋がるってことね」
「まあ、そういうことにもなるわね」
  サクラはチャッカリしてる。この甘い香水と一緒に立ち上る少し動物的なサクラの匂いが、そもそもその性格を物語ってる。私、多分、人間に比べると何倍もそういうの分かるわよ。カオルはお人好しな人間の匂いがする。サクラとは真逆の、草のような匂い。この二人は、色々な事が真逆。見た目も匂いも性格も。でもお互い自分にない所を持っている相手の良さが分かりあえる。もしかしたら、二人とも、そういうこと意識してないかもしれないけど。
「どう?カオル。グッドアイディアだと思わない?」
「そりゃ、私にとってはありがたい話だけど…。叔父様のご意向もお聞きしないと」
「早速、叔父に話してみるわ」
サクラはスマホで私の写真を撮り、その後叔父という人と電話でしばらく話をしていた。
「あっ、ケイスケおじちゃん、今、電話、大丈夫?それがさぁ…、おじちゃん、グッドニュースよ。おじちゃんのお店に、人気ナンバーワン間違いなしの愛想の良い猫を、昼間貸し出してくれるっていう人が見つかったのよ」
サクラは、完全に自分のペースで話を進めていく。
「そうそう、カオルは基本的に平日が仕事で土日が休みなのよ。そうねぇ…、おじちゃんの店はカオルの通勤ルートにあるから、…おじちゃん何時から仕込み始めるの?」
サクラはメモでカオルに出勤時間などを質問しながら、電話の相手には必要な情報を的確に伝えつつ、どんどん話をまとめていく。
「で、私が休みの日には、私がカオルの家にその子を迎えに行くから。ほら、前にお願いしてた占いコーナーの話。猫を膝の上に乗せてホッコリ和んだところで、自分の将来への不安をおもむろに打ち明ける。良いアイディアでしょ?お客さんも喜ぶし、店も繁盛するわよ」
   サクラのこの発想は、私もなかなか良いと思う。
「…大丈夫、私、ポジティブなアドバイスしかしないから。おじちゃん、私の性格知ってるでしょ?…そうそう、そんな感じ、そんな感じ…」
    5分ほどで、サクラは電話を切った。
「よし、決定」
「叔父は、『猫同士の相性もあるから、先ずはお試しで』って言ってたけど、この子なら、いける。きっとすぐ馴染むわよ」
      サクラはそう言いながら私の喉を絶妙な感じで撫で、私はその次の日から、猫カフェ「マリエ」の看板猫になりました。


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