棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

6章

6章
「こんばんは。どう?ケイトちゃん。あなた、初日からすっかり馴染んでるわね」
丁度、最後のお客と入れ替わりに店に入って来たサクラは、昨日と同じように私の喉を気持ち良く撫でながら辺りを見回して
「それに、何だか他の猫達も急に雰囲気変わったわね」
と、彼女を歓迎するために彼女の足下に集まった私以外の3匹の猫を見て、何度も瞬きしながら言った。
「サクラの言った通りで、正直驚いてるよ」
マスターは、今日一日の出来事を、人間目線でサクラに報告した。
「この子は開店直後から常連さんにモテモテだし、で、ランチの間は奥の部屋に他の猫達と一緒に入れておいたんだけど、その後店に出してみたら、他の猫達まで急にこんな感じで愛想よくなっちゃって…」
マスターは、足下に擦り寄って来た白黒の彼女を膝に抱き上げて
「どうした?ジャニス。昼間に俺たちの知らないところで何があったんだ?お前達、ケイトちゃんに魔法でもかけられたのか?」
と言って、嬉しそうに、鼻先の丸い輪っか模様を撫でた。
(あなた、ジャニスって言うのね。カッコイイ名前じゃない?)
(そう?ありがとう。…私達の名前はマスターが付けたの)
人間達には聞こえない会話を、私達は無声で交わすことができる。
(あの、大きなキジトラがレイ、白くて左後ろ足が黒いのがカーティス、肥った茶トラはエリックで、早速あの窓辺の絵になってる子はサリナよ)
(へー、そうなんだ。皆、それぞれ個性的な名前)
(因みに、僕とオルガの名前はママが命名したんだ)
ルチアーノが後ろからやって来て、サクラに挨拶しながらそう言った。
(店のBGMも二人の趣味と店の雰囲気を考えて、朝はカンツォーネ、ランチタイムはボサノバ、午後はオペラかアルゼンチンタンゴで、夕方になるとジャズを流すのよ)
隣のテーブルからオルガがそう教えてくれた。
(この店は、最近増えた一般的な猫カフェとは違って、チャージを取らず、時間制限もなくて、その分、マスターやママのこだわりが所々にちりばめられているのよ。珈琲も紅茶も何種類もあってね。珈琲を入れるのはマスターの仕事で、ママは紅茶に詳しいの)
オルガは、まるで自分の事のように自慢げにそう言った。
「そうだ、これ、各テーブルに置いても良い?」
ゆっくりとコーヒーを点てるマスターに、バッグの中から小さな紙を取り出して、サクラは言った。
「なになに…、カード占い、一回三千円。人生の道に迷った時、カードがあなたのよき道標となります。本当のあなたの心の声を知るお手伝いをいたします、って。…何か怪しいなぁ」
マスターはサクラの持っていた小さな紙を手に取って中身を読み上げて、そう言った。
「え?そうかしら?良い文書だと思ったんだけどなぁ…」
サクラは不満そう。
「でも、叔父ちゃんのお店だから、雰囲気壊さないようにしないとね…。じゃあ、どんなキャッチコピーが良いかしら?」
サクラとマスターが話し込んでいると、またドアベルが鳴った。
「おっ、居た居た、インチキ占い師。叔父貴から聞いたぞ」
そう言いながら店の中に入って来たのは、サクラとそう変わらないくらいの年の男。大きな箱を抱えている。あれに私達のおやつが入ってたいるのかしら。
「あら、キョウ君、お久しぶり」
サクラは、男に言った。二人は何だか似た匂い。でも、この人は多分サクラよりはずっとお人好し。少しだけタバコの匂いもする。
「昨日の今日なのに、情報早いわね。さては、あなた、毎日ここに入り浸ってるわね。いくら芸術家でも、ちょっと暇過ぎるんじゃない?」
「相変わらず、二人とも口が悪いな」
マスターは、二人をたしなめながら、入って来た男に
「キョウヘイもコーヒー飲むか?」
と尋ねた。
「ありがとう。いただくよ。ここのコーヒー飲むと、他所のコーヒーが飲めなくなっちゃってさ」
「あら、私もよ。この独特の香り、この豆何ていう種類だっけ?」
「ああ、これはニグラ」
「なかなかないのよね、この豆。後で売って貰える?」
「あっ、俺も」
「よせよ。甥や姪相手に商売する気はないよ。良いよ、やるよ。100グラムずつで良いか?」
「叔父ちゃんは商売っ気がないわね。じゃあいいわ。ここでしっかり占いして、お店に貢献したらご褒美に一杯ずつ飲ませてもらう」
「じゃあ、俺も、器の代金はコーヒーで良いよ」
「キョウヘイにはそういう訳にはいかないだろ?サクラのは小遣い稼ぎの副業だけど、お前は一応プロの陶芸家なんだから」
「作家先生だもんね」
サクラは面白がってそう言った。
「何か、嫌な言い方だな」
「え?そんなことないわよ。ノグチ先生の作品、私、好きよ」
「だから、その先生ってさ。サクラに言われると何か気持ち悪いから」
「センセ~、作品見せて~」
「あー、もうやめてくれー!」
こんな、訳の分からないやり取りが続いていたら
「あなた達従兄妹は、いつもそうやって、仔猫の喧嘩みたいにじゃれ合って…」
とバックヤードからママが出てきた。
「二人ともいらっしゃい。ねえねえ、キョウ君、お願いしてたコーヒーカップ、出来上がった?」
「そうだ、今日はそれが本題だったんだ。見てよ」
そう言って、キョウヘイが大きな箱から取り出したのは、猫のおやつではなくて、沢山の、同じ形の白いコーヒーカップだった。
(なーんだ、ガッカリ)
エリックも私と同じ想像をしてたみたい。
「あら、ステキ。思ってた以上に良いわ」
ママが嬉しそうに言った。
「これ、難しかったよ。この飲み終わりかけのコーヒーが猫の形に見えるように窪み作るの、ホント大変でさぁ」
「そのデザイン、考えたの私」
「サクラ、お前か?何だよ、この作家泣かせのデザインは。目茶苦茶苦労したんだぜ。お陰で、俺の苦手な猫をずっと観察するはめになってさ…」
    あら?この人、私達のこと嫌いなの?不思議。そんな匂いじゃないのに。
「キョウ君は、猫が嫌いなのに、この店が好きよね」
ママが不思議そうに言った。
「うん、何か不思議と落ち着くんだよね。猫が嫌いなのは子どもの頃に飼ってたインコを食われた恨みがあるだけで、ここに居るこいつらに罪がある訳じゃないからね」
「落ち着くのは、キョウ君自信が猫だからじゃない?」
とサクラ。
「自分でも認めたくはないが、それは否定出来ないかも…」
ツンデレだもんね」
「うるせー!」
「こら、また…」
ママもマスターも笑ってる。
「そうだ、キョウ君も考えてよ、私の占いのキャッチコピー。そのうち口コミで人気が出るとは思うけど、そうなるまでにはある程度宣伝も必要でしょ?私の考えたのは、叔父ちゃんには不評なのよ」
「どれどれ…。あははっ、これはヤバいよ。こんなの占って欲しがる人間自体、俺、マジ無理」
「別に、キョウ君の彼女を募集してる訳じゃないんだから、そっちの好みはどうでも良いのよ。何かさ、パッと心に響くような良いうたい文句、ない?」
「えっ?俺だったら『延髄蹴りのような強い刺激で、あなたのハートを目覚めさせます』とか何とか書くかな?」
「何よそれ?あなた相変わらず、話を何でもかんでもプロレスに結びつけようとするわね。それ、小学生の頃から30年以上変わってなくない?」
「わはははっ!そうだっけ?」
「そうよ。小学生の頃は、何度四の字固めかけられたことか。さすがに、高学年になったらやらなくなったけど」
「そんなこともあったなぁ。何だか、こうしてみると時間が経つのって早いよな。俺も、もうすぐ24歳だしな」
「なに数字逆にしてんのよ。あなた今年後厄?後で今年の運勢占ってあげるわ」
「そんなのいいよ。サクラに占われたら、不幸の予言とかされそうだから」
「何よ、失礼ね。だから、その不幸の回避方法を教えてあげようって言ってるんじゃないの」
「何だ、その不幸になること前提の設定は?」
「だって、キョウ君、幸せの匂いがしないもん。イケメンの癖に、いつまで経っても結婚しないし」
「独身のお前に言われたくないよ」
「私はもう一回やったから、良いの。恋愛と結婚は別だってよく分かったし。もう、そういうのは卒業したのよ。あなたも一回はやっときなさいよ、結婚」
「なんだ、年下のくせにお姉さんぶりやがって。お前みたいなヤツは、蝋人形にしてやる!」
「何、小学生みたいなこと言ってんのよ。この万年少年」
   何だか、私達にはよく分からない二人のやり取りがしばらく続けられた。ただ、何となく分かったのは、この二人は会話の内容はどうでも良くて、ママが言ったみたいに会話でじゃれ合ってるんだなってこと。私も大人になってもお兄ちゃんと時々猫パンチ合戦するけど、丁度そんな感じね。
「ああ、もう。相談する相手を間違えたわ。…どうしようかなぁ、占いのキャッチコピー」
「そうねぇ、…こんなの、どう?」
ママが静かこう言った。
「猫と一緒に、あなたの悩みにお答えします」
    ママは冴えてる。
「それ、…何か良いかも」
「そうだな、ここは猫カフェだし」
何となく、その場はシンとなって、気がついたら皆の視線が私に注がれていた。
   という訳で、何だか知らない間に、私は占い師のアシスタント猫になりました。

 



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