棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

7章

7章
「ところで、サクラって、ホントに占い出来んの?マジ、インチキ臭いんだけど」
マスターの入れた、少しツンとした癖のある香りのコーヒーを飲みながら、キョウヘイが言った。
「あなた、ホントに失礼ねぇ。でも、まぁ、半分は図星ね」
「おっ、遂に白状したな」
「もちろん、ちょっとは分かるのよ。高校生の頃に一瞬占いにハマって、本を三冊くらい読んで勉強したから。でも、その後、大学で心理学をかじって、ちょっと考え方が変わったの」
「なんだか面白そうな話だな」
マスターも興味津々。
「こんな実験があってね。被験者にあらかじめ心理テストを受けさせておいて、後日全員に同じ検査結果を郵送するの。内容は、新聞の星座占いを適当に組み合わせたデタラメなもの。なのに、半数近くの人が、その結果は自分に当てはまると回答したそうよ」
「へー」
ママもいつの間にか椅子に座り込んで聞き入っている。
「要するに、人って『あなたはこうです』と断定されると『そうかも』って思い込む生き物なのよ」
「そんな単純なものか?」
とマスター。
「そうよ、単純なの。で、どっちかって言うと、私、占いより人生相談がやりたいの。昔から、何となく人の相談にのる機会が多かったし」
「そう言えば、高校生の頃、俺、よくサクラに恋愛相談してたな」
キョウヘイが遠い目をして照れたように頭を掻きながら言った。
「そうそう、二股かけた女達と別れてどっちにもバレないように新しい彼女を作る方法、とかね」
「わっ、お前覚えてたのか」
「他にも色々あったわね」
「もう良いよ。それ以上言うな!」
「そんな話はどうでもいいんだけど…、私、人の良いところを見つける才能があると自負しててね。…人だけじゃなく、この子もそうだけど」
サクラは私の後頭部を撫でた。
「占いのカードは参考程度に使うけど、相手の良いところ、それも、本人の気づいてないようなところ、それを発掘して教えてあげたいなって思ってて」
「それは、良いことね」
穏やかにママが言った。
「それとね、何かを始める時って勇気がいるじゃない?覚悟というか。その覚悟の程を見極めて、行けると思ったら背中を押してあげたいの。逆に、覚悟がないなら止めたい。よくある占いみたいに『今年は時期が悪い』とか、そういう事より、その人の中の覚悟の成熟度を判定してあげたいの。運気とかも、そりゃある程度影響あるけど、結局最後は本人の覚悟次第。大抵、占いに頼る時って、そこまで覚悟が固まってないのよ。だから、先ずは止めてみて、それでもって言うなら、覚悟を決めて行け!と押してあげたい」
「なに?じゃあ、一旦止めて、それで止まらなかったら押すってこと?」
キョウヘイがすかさず突っ込んだ。
「そうね、要はそういう事」
「何だ、それなら占いなんて要らないじゃん?」
「占い師に止められたのに、それでもやるんだ。その位の意気込みなんだっていう自覚を持たせてあげたいの。逆に、最終的にはその覚悟さえあれば、何とかなるんだっていう自信も。そうでない場合、つまりそこまでの覚悟が無い人には、縁が無かったと思ってすんなり諦めてもらいたいの」
サクラはドンドン語り始めた。
「そもそも、占い師に頼る時点で、物事はあまり上手く進んではいないのよ。もともと幸せな人は占いなんて頼らなくても、スイスイ正しい道を選んでいける。でも、一度大きな痛手を受けた人や、そもそも無理なことを覚悟無しにやろうとしてる人は、一つ一つ立ち止まって悩んでしまう。ある種の悩み癖と言うか…。ほら、運転初心者や交通事故に遭ったばかりの人が、交差点に入るときに必要以上に躊躇するみたいに」
「要するに、サクラがやろうとしてるのは、信号機みたいなもんだな」
「叔父ちゃん、上手いこと言うわね。そう、その例えで言うなら、信号機そのものと言うより、交通整理の警備員、みたいな感じかしら?」
サクラは丁寧に言葉を選びながらこう続けた。
「青なのにモタついてる人は『行け!』だし、赤の人は確実に『止まれ!』よね?でも、占いに来る人は、実は黄色がほとんどなの。だから、基本、『迷ったら止まれ』の精神でやっていくつもりよ」
「迷ったら止まれ、か。なる程、それなら安全だな」
キョウヘイが頷いた。
「迷ってる人に『大丈夫』なんて無責任なこと、私言えないもの。人生は、出来れば無難に全うした方が良いのよ。波瀾万丈が好きな人もいるけど、それは自分で選ぶものであって、人に勧められて選ぶものじゃないから。ただ、何がなんでもこの局面を乗り越えるという覚悟があるなら、その事を自覚した上で本人に決めてもらう。困難を承知で立ち向かうようにって。それが、私の占いの流儀なの」
「ほー」
一同、感心して頷いた。
   あら、それなら私にも出来そう。サクラ話を聞いてたら、何となく私も占い猫に向いてるんじゃないかって気がしてきたわ。でも、私、何したら良いんだろ?…まあ、いっか。誰も本気で猫に占ってもらおうなんて思ってやしないもんね。単なる客寄せよね。
「じゃあ、さっきのヨシエ義叔母ちゃんのアイデアいただくね」
そう言って、サクラはスマホにその言葉をメモしていた。
   占いの話が一段落ついた辺りでキョウヘイが帰り、するとしばらくしてカオルが私をむかえには来て、人間達はそこで解散した。私は、朝と同じ道をキャリーバッグに入れられて連れて帰られた。

「はい、着いたよ。ケイト、お疲れ様。今日一日、初の猫カフェ マリエはどうだった?」
(なかなか良かったわよ。おやつ一杯もらえたし)
「良い子にしてた?お店の人に迷惑かけなかった?」
(迷惑どころか、私のお陰で店の雰囲気もガラッと変わって、皆喜んでたわ)
「他の猫ちゃん達とは仲良くなれた?」
(ええ、初日からバッチリ信頼されちやったわ)
「なーんて、猫に聞いても分かんないよね。またサクラに教えてもらおっと」
   カオルと私はいつもこんな感じ。私の中では会話は成立してるんだけど、カオルは何にもわかってない。まっ、そんなもんよね。もし本当に猫の考えてることを人間が理解できちゃったら、それも問題よね。悪いけど、人間が猫に持つ愛情程には猫は人間のこと思ってないから。カオルなんて、最初は「行きがかり上仕方なく」って感じだったけど、今じゃあ、私が居なくなったら完璧にペットロスになるだろうってくらい私のこと好きみたい。まあ、私も、嫌いじゃないのよ。カオルはいい人だし。でもね、前の同居人のおばあさんと違って、食事制限が厳しいのがネック。今は少しアバウトになったけど、はじめの頃は毎日食事の重さと私の体重を量ってた。あと、細かいこと色々うるさいのよね。外に出てから家に入る時は必ず、人工的な匂いのする泡を付けた布で足の裏とか体を拭かれるし、テーブルや棚の上に乗っかったら怒るし。これ、猫の習性なんだからそろそろ諦めてもらいたいわ。私も最近は妥協して、カオルの見てない時しかテーブルには上がらないようにしてるけど。それにしても、私が上がったの見つけたら、すぐにツンとした匂いの液体、…これってアルコールって言うんだっけ?、でテーブルを拭くのは、いかがなものかしら。
(私のことどれだけ不潔だと思ってるの?失礼ね)
って言った所で、カオルには通じないけど、こういう所は前のおばあさんの方が大らかで好きだったな。
   でもね、カオルにもとても良いところがあってね。私が気に入ってるのは、カオルが毎日私にやってくれる「4K」。
「ケイト、4Kしよっ」
カオルは私の側に座って、私の頭を撫でながらこう言うの。
「ケイトは可愛い、ケイトは賢い、ケイトは健康、ケイトは綺麗」
4Kって言うのは、よく分からないけど私の名前の頭文字とその言葉の頭の文字をかけてカオルが考えた名前なんだけど、カオルは、この言葉を少しリズムを付けて、呪文のように唱えながら、毎日私の頭を撫でるの。この4Kをされると、何だか分からない不思議なパワーが自分の中に湧いてくるのが分かるんだ。
「あっ、私、ここに居て良いんだ」
って実感できる。
「ケイトは可愛い、ケイトは賢い、ケイトは健康、ケイトは綺麗」
カオルは何度もそう言いながら私の頭をなで続ける。ああ、今日は楽しい一日だった。色んな人や猫に会えたし、おやつも一杯もらえたし。それにしても、占いアシスタントって、どんなことするのかしら?…まあいいや、いざとなったら「私、猫だから分かんな~い」って顔して寝たふりしとこっと。お客さんを占いに誘えば私の役目は終わりだもん、きっと。後はサクラが何とかするわよ。
   寝たふりは、猫の得意技。今も気持ち良くてウトウト、…そろそろこの4Kも終わらせて欲しくなってきたわ。ああ、だんだんホントに眠くなってきた…。おやすみ、カオル。みなさんも、おやす…み…なさ……ぃ…



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